「デートの約束があった時、残業を命じられたらあなたはどうしますか」
という質問に記憶のある方もいるだろう。私もどこかで見たことがあるような気がする。これは財団法人社会経済生産性本部と社団法人日本経済青年協議会が共同で主催している『新入社員「働くことの意識」調査』の中の一文だ。この調査は1969(昭和44)年に始まり、新入社員の入社にあわせて毎年4月に実施されている。本書は40年近くにわたる調査の結果を俯瞰し、就職や仕事に対する若者の考え方がどのような変化をしていったかを分析している。
ひとことで40年といっても、その間に起こった変化はすさまじい。著者は「はじめに」でこのように要約する。
<この40年の間に日本の社会像は一変してしまった。調査が開始された1969年は高度成長期のまっただなか。経済成長率は年10%以上。「モーレツ社員」などという言葉が生まれ、いわば企業サラリーマンの黄金時代が出現しつつあった。その後、2度にわたるオイルショックをはさんで、バブル景気の時代、そしてその後の長い平成不況の時代。平成不況は、サラリーマンの意識を基本的に決定していた終身雇用制にとどめをさした。おのずと、新入社員の意識も変化をまぬがれない。>(P.12)
私の周囲にいる人たちを見ていても、世代によって意識がかなり異なっていることを実感する。下の世代は今の会社にとどまろうという意思は最初から持っていない。私の10〜20歳くらい上の世代は、もはや行く場所も無いから自分の退職までは会社が存続してほしい、と願い最後までへばりつこうとしている。さらに上の世代となれば、退職の日を指折り数えているという始末だ。このような人たちを見ながら、さて自分はどうしようか、と密かに悩みながら毎日を過ごしている。
私が高校を卒業する頃はバブルが崩壊し国内の景気が急激に冷え込み、企業の新卒採用も悪化の一途を辿っていく。いわゆる「日本的雇用慣行」とよばれるシステムが崩壊していく光景だった。おそらく平成生まれには実感できないであろう日本的雇用慣行とは何だろう。本書では平成10年版の厚生白書の定義が引用されている。
<「日本的雇用慣行」とは、企業が、新規学卒者を一括採用し、長期雇用を前提として、雇用者が若年の時は賃金を上回る貢献をしながら、企業内訓練による人的資本形成を行い、中高年期になって蓄積された人的資本への対価として貢献を上回る賃金を支払うことにより、企業固有の技術を持つ熟練労働者を長期に確保する仕組みである。>(P.17)
少しわかりにくい文章かもしれないが、日本的雇用慣行は大きな特徴が2つある。
・定期一律一括採用
・終身雇用
だ。こうしてキーワードを取り出してみると、なんとなく実感していただけるかと思う。中学・高校・大学を卒業したばかりの若者を社員として採用し、年功序列の賃金制度や退職金をうまく機能させながら長期にわたり人員を確保する。私の抱いていた企業像もこうしたものと一致する。しかしそれが平成に入ったあたりからガタガタと崩れてきた。バブルの恩恵も何も受けなかった私の世代は、こうした時代の流れに乗り遅れた、という被害者意識のようなものも抱いているのではないだろうか。
いや私個人についていえば、上の世代に対して苦々しい思いを持っていることは否定できない。何も仕事もしないで高い給料をもらって退職金まで持っていくのか、と。しかしながら、あまり詳しいことはここでは書かないけれど、時代によってここまで待遇が違うのかと露骨に見えてくる職場にいるのだから仕方ない。
それでもこの本を読み終わってからは、こうした被害者意識はずいぶん収まった気がする。なぜならば「日本的雇用慣行」は高度成長期だったからこそ実現した時代の産物であることが理解できたからだ。
<振り返って考えてみると、日本型雇用慣行は、当時の社会状況に照らしてみて、これ以外に選択肢はなかったのではないかと思えるほど合理的なものだった。すでに述べた事情以外にも、当時、多くの企業が共通して抱えていた経営課題はいかに良質の労働力を安定的に確保するかで、これに失敗すれば、人手不足倒産などというもののあったほどである。いうまでもなく、日本型雇用慣行はこの課題の解決にも大きく寄与している>(P.19)
リストラの号令をもとに徹底的な人員削減が進んだ時代を生きてきた人間からすれば「人手不足倒産」というのは到底理解できない話だけれど、事実はそうだったのである。
ちなみに日本的雇用慣行は長期にわたり人材を確保していく性質のものなので、経営規模を縮小することが非常に困難であることも本書は指摘している(P.20)。こうしたことを踏まえれば、いまの国内状況で終身雇用や年功序列などを期待するのは、構造的に無理、と結論づけるしかない。著者も「はじめに」でこのように述べる。
<新入社員といえば、とりもなおさず新卒学生のことであり、それが同期社員として一斉に職業歴を開始するシステムは「終身雇用制」と「定期一律一括採用」の時代の、つまりは、あの高度経済成長期の風景なのだ。なごり惜しい気はするが、よき時代の思い出の風景として記憶の中にとどめる時期が到来しつつあるようだ。>(P.9-10)
著者の分析は徹底的に冷静になっているのが非常に好感がもてる。日本の雇用状況の変化についていたずらに感情的になったり悲観的な調子になっていないのが本書の優れたところであろう。
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