作家・ジャーナリストの日垣隆さんは、その徹底的な取材と緻密な構成で知られている。その文章は素人目からすれば、どうやったらここまで調べられるのか想像もつかないほどクオリティが高い。またむやみに「批判」をしてきた相手に対してはコッパミジンに叩き潰すことでも有名だ。また、その行動力もずば抜けており、先月はリビア、そして震災後の東北地方など誰も行きたがらない(行けそうにない)場所も取材してきた。

パッと見る限りは相当にタフな精神と体の持ち主に見える日垣さんであるが、いまから5年前(06年)に「ウツ」に襲われる。その25年前にも経験しているというから2度目のウツだ。

しかし通常ならば精神科医に相談するところだが、日垣さんは医者やクスリに頼らず「ウツ」と戦うという選択をする。それはなぜか。

<ウツ病は英語でdepression、不況にも同じ言葉が使われています。
「不況」という概念は、市場経済が成立した近代以降にできあがったものです。「ウツ」も近代の成立に伴って、「ウツ病」という病気になりました。
「病気」は医者によって「発見」され、「ラベリング」されて誕生します。診断して処方することが医療関係者の「フレームワーク」ですから、当然の話です。>(P.18)

<そもそもウツ病かどうかは、医者が一方的に決めつけるにすぎません。>(P.10)

ちなみに、「落ち込みの症状が2週間続けば、ウツ病として判断してよい」ことになっているという。

ここで注意をしなければならないのは、日垣さんが戦ったのは「ウツ病」ではなく「ウツ」ということだ。誰が見ても病気という状態ならば即刻医者と相談しなければならないだろうが、「ウツ」はその病気か病気でないかの境界線上にある状態といえる。

<例えば悲しい出来事に見舞われ、ひどいショックを受け、しばらくの間、ろくに食べられない、眠れない人がいても、それはごく自然な感情の発露だと私は思います。
落ち込みからウツ状態までの微妙なグラデーションは、もしかすると人間の精神の正常なありかたかもしれないのです。>(P.11)

「ウツ病」になったことがない人(私もそうだ)も、上のような前段階を過去に経験した人がほとんどではないだろうか。また、それが人間であろう。

<本書で言うところの「ウツ」は、日常的な「落ち込み」の連続線上にあり、「ウツ病」とは一線を画すものです。
誰もがウツになるのでしょうか?ーそういうわけでは、もちろんありません。
では、誰もがなりうるのか?ーもちろん、そうです。
ウツを確実に避ける方法はあるのでしょうか?ーそんなものは、ないと思います。>(P.13)

<ウツの原因は、言ってみればインフルエンザ・ウイルスのようなもので、いつ何時、誰が罹患するかわからないほど日常に溢れています。インフルエンザに限らず、ウイルスは常に変異しますから、100パーセント完璧な予防ワクチンというものはありません。>(P.14)

本書は、日垣さんが自分がウツから立ち直った経験をもとに、50のノウハウが紹介されている。その中でも「これが肝心」と思った箇所は、たとえばストレスの定義が三者三様(例えばシイタケは私にとってストレスになる)であるように、「ウツ」の原因となるものも人によって違うということだ。

<これはおそらく、人は誰でも、強さと弱さがまだらに存在するとは、人それぞれ「このポイントには強いが、このポイントには弱い」という、ダメージ・パターンがあるということ。
(中略)
心を鍛えるには、どんなことで折れやすいか、自分のダメージ・パターンを知り、そこを補強するトレーニングをしていくのがいいでしょう。>(P.31)

ウツの原因も人それぞれならば、その対処法も人によって個々に違ってくるのは道理である。となれば結局のところ、家族や友人や医者の協力を得るとしても、ウツを克服できるかどうかは自分しだいということになるかもしれない。

「ウツ」の予防については、

<一番良い「予防」とは、栄養をとり、日々、体を鍛えておくことです。>(P.14)

と書いている。月並みな話になるが、日々の生活を大切にし、自分の弱いところなどを把握していくことが最も確実な予防法になるのだろう。

現時点では、自分がウツのなりそうな兆候は全くない。ただ、これから生きてくなかでウツに近い状態になることも出てくる可能性は否定できない。周囲の友人にもそんな人が出てくることだってあるだろう。最悪な状態になった時のことを頭に入れておくことは思いのほか重要なことだ。この本を読みながら、そんなことをつくづく思った。

今回、自分は人生の節目になったこともあり、この日記を読んでいる方すべての人にこの本を捧げたい。もし気持ちが落ち込みそうになった時、必ず役立つ部分が本書にはたくさん詰まっているからだ。

皆さんの今後のご健勝を祈りたい。

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