現在35歳である私はリアルタイムでテレビのバラエティ番組「進め!電波少年」(日本テレビ系)を観ていた世代である。番組内でお笑いコンビ「猿岩石」がユーラシア大陸をヒッチハイクで横断した時(96年)は大学1年目である。といっても、テレビ番組はたまに観るだけだったため実際にゴールした瞬間の映像は観ていないのだが。
そんな感じで彼らについてはそれほど注目していなかったけれど、ヒッチハイク終了後も藤井フミヤ・尚之兄弟が提供した楽曲”白い雲のように”(96年)がミリオンセラーを記録したり、ヒッチハイクの内幕を書いた「猿岩石日記」シリーズも通算250万部を売り上げるなど、聞きたくなくても話題が入ってくるという感じだった。
しかしながら、彼らの本業であるはずの「お笑い」についての評価はまるっきり上がらないのを見るにつけ、これはバブルだな、と確信していた。多くの人もそう感じていたに違いない。案の定、数年も経つと猿岩石という名前も全く聞こえてこなくなる。いつぞやの「あの人は今」のようなテレビ番組でツッコミ担当だった森脇和也氏はスナックを経営している、と紹介されているのを観た記憶がうっすらと残っている。
一方、ボケ担当の有吉弘行氏といえば、ご存知のようにいつの間にやら再ブレイクを果たしていたのである。彼は自分のことを「二発屋」と自虐的に言っている(実際は「違うジャンルで一発ずつあげている」だと本書で述べているが)
果たして有吉氏は猿岩石のブレイクから今までどのような生活をして今日の復活まで辿り着いたのか。その辺りが書かれているのがこの本である。こんな書き方をすると、芸人が自分の貧乏時代を明かす露悪趣味な本と思うだろう。しかしこの本はそんな短期間に消費されるような類のものではない。
本の帯にも、
「甘えて生きてるサラリーマンに警告!!!」
「完全失業率5.0%超!!年間企業倒産件数1万2866件!!」
とこの不確実な時代に生きている人を刺激的させるような言葉が並んでいる。これは完全にビジネス書に分類されるものだ。近所の「古本市場」で本書を見つけた私はザッと読んだだけで、これは俺の読む本だな、と直感してすぐ購入した(500円で。定価は1200円+消費税)
有吉氏は月収が最高2000万円からゼロ円にまで落ちる、という恐ろしく極端な人生経験をしている。
<月収2千万からゼロに至るまでは、4年ぐらいでした。給料100万時代が2年くらいあって、そこから歩合制になって、あとは転がり落ちるようにどんどん減っていって、月7~8万円っていう一桁が何ヶ月か続いたと思ったら、本当にゼロになったんです。>(P.30)
しかし有吉氏が凄かったのは、かつての私たちが彼らに対して思っていたように、ブレイクしていた最中(新幹線のホームに人が殺到して新幹線を止めたことも何度かあったとか)でも「こんな人気続くわけがない。自分の実力であるわけがない」と冷静な視点をずっと持ち続けていた点である。
そして、これは自分には絶対に真似できないと痛感したのは、有吉氏は月収2千万の時でも生活費を全く上げなかったことだ。
<僕はどんなに金あるときでも、家賃とか全部合わせても月15万ぐらいで生活してました>(P.15)
<僕は一番金あるときでも、もらいもんのTシャツとか着てました。『FM TOKYO』とか胸にロゴが入っているようなもらいもんのTシャツ」(P.16)
収入が増えていくと使うお金も増えていくのは多くの人のたどる行動パターンである。私が以前いた会社も微々たる額であるが毎年給料は上がっていた。しかしながらそれに比例して貯金が増えていくということはなかった。もともとお金を貯めるという発想が希薄な人間であったけれど。
<ちょっと金持ってるからって高い車とか買ったり、洋服に金かけたりとか、そういうことしてると、金なんかすぐなくなりますから。それで給料下がったとか、ボーナス出ないとか言って、ローン払えなくて泣くんですよね。>(P.16)
実に耳が痛くなる指摘だ。しかもこれは会社員などではなく見栄や虚飾が渦巻いているような世界で生きる人から提言されているのだから、有吉氏の視点は慧眼としか言いようがない。周囲に流されず自分の立場を冷静に分析して、しかも行動に移しているというのはなかなかできることではないだろう。
では、有吉氏のこうした言動を支える思想とはいかなるものなのか。
それは、
<「幸せ」って「金」だと思うんですよ。>(P.179)
というような発言に見られる、お金についての考え方である。これはパッと読むと拝金主義にとれるかもしれないが、例えばホリエモンや勝間和代のような「お金を持てばずっと幸せになれる!」というようなポジティブなものとは全く逆方向へ行く発想である。
<「前向きに生きよう」とか、「ポジティブ思考で何事もプラスに考えましょう」とか、言う人いますよね。「人生ポジティブに生きれば成功する」みたいなことを。
たいてい、そういう人って金持ってるんですよ。どっかの会社の社長とか、何かで成功した人とか、そういうこと言う人って、人生の成功者でちゃんとした地位とか築いてる人なんですよね。
そういう連中に「前向き」とか「ポジティブ」とか言われても説得力ないんですよ。「そりゃお前は金持ってるから前向きになれるかもしれないけど、こっちは金がないんだ」っていう。「じゃあポジティブになれば金持ちになれるか」っていうと全然そんなことないし。「そもそも金ないから前向きになれない」っていう。だから、そんなのウソだってことに早く気付いて欲しいですよね。なんの役にも立たないっていうことを。>(p.190)
ホリエモンや勝間さんなどの考えに批判的な人も、有吉氏のこの発言を覆すのはなかなか困難なのではないだろうか。それは彼の考えが机上の空論ではなく、地に足のついた自身の経験からきているからであろう。その経験が大半の人には実感できないようなかなり極端なものであったとしても。
実際、猿岩石ブームが過ぎ去って収入がガタ落ちした有吉氏を支えたのは、無駄に使わないでせっせと貯めていたお金である。その間アルバイトを一切してなかったという特殊な事情(バイトをしている姿を見られて蔑まされるのが嫌だったという)があるにせよ、
<あそこで調子に乗って、「金あるんだから遣っちゃえ!」みたいにしてたら、今頃僕、ホームレスやってるか、死んでたか、どっちかだと思います。とっくに芸人やめてたと思います。終わってました、確実に。>(P.13)
というのは別に誇張でもなんでもないだろう。本書では「ホームレス」という言葉がけっこう出てくるが、彼の頭には自分がそうなってしまう姿がリアルに浮かんでいたらしい。そしてそんな自分を支えていたのは、何よりもお金であった。
無論、お金ではどうにもならない問題というものある。例えば、愛というものがそうだ。たとえいくらお金を積んだとしても、「恋愛そのものに興味がない」という人が相手ではどうしようもない。これは私の経験から断言することができる(涙)
しかしながら、お金が人生のあらゆる局面で助けになるというのも、資本主義社会に生きる我々には否定できない事実だ。私はこの4月に以前の会社を辞めてしまったが、あてもないまま退社したため次の職を見つけるまで5ヶ月も費やしてしまう。その間は不安で不安で仕方なかったけれど、会社を辞めるという選択ができたのも退職金やいくばくかの貯金があったためである。それがなければ、辞めたくても辞められなかったのは間違いない。
お金だけで幸せになれるかどうかはわからない。ただ、あればその分あなたの人生に選択肢を広げられる。それだけは断言できる。それは私の乏しい人生経験から導かれたものだが、この想いは死ぬまで変わることはないだろう。
先日紹介した橘玲さんの「大震災の後で人生について語るということ」(講談社。11年)とともに私の「裏・聖典」となる、実に「面白くて、ためになる」を地でいく名著である。是非ともこの国に生きる全ての人におすすめしたい、真剣に。
そんな感じで彼らについてはそれほど注目していなかったけれど、ヒッチハイク終了後も藤井フミヤ・尚之兄弟が提供した楽曲”白い雲のように”(96年)がミリオンセラーを記録したり、ヒッチハイクの内幕を書いた「猿岩石日記」シリーズも通算250万部を売り上げるなど、聞きたくなくても話題が入ってくるという感じだった。
しかしながら、彼らの本業であるはずの「お笑い」についての評価はまるっきり上がらないのを見るにつけ、これはバブルだな、と確信していた。多くの人もそう感じていたに違いない。案の定、数年も経つと猿岩石という名前も全く聞こえてこなくなる。いつぞやの「あの人は今」のようなテレビ番組でツッコミ担当だった森脇和也氏はスナックを経営している、と紹介されているのを観た記憶がうっすらと残っている。
一方、ボケ担当の有吉弘行氏といえば、ご存知のようにいつの間にやら再ブレイクを果たしていたのである。彼は自分のことを「二発屋」と自虐的に言っている(実際は「違うジャンルで一発ずつあげている」だと本書で述べているが)
果たして有吉氏は猿岩石のブレイクから今までどのような生活をして今日の復活まで辿り着いたのか。その辺りが書かれているのがこの本である。こんな書き方をすると、芸人が自分の貧乏時代を明かす露悪趣味な本と思うだろう。しかしこの本はそんな短期間に消費されるような類のものではない。
本の帯にも、
「甘えて生きてるサラリーマンに警告!!!」
「完全失業率5.0%超!!年間企業倒産件数1万2866件!!」
とこの不確実な時代に生きている人を刺激的させるような言葉が並んでいる。これは完全にビジネス書に分類されるものだ。近所の「古本市場」で本書を見つけた私はザッと読んだだけで、これは俺の読む本だな、と直感してすぐ購入した(500円で。定価は1200円+消費税)
有吉氏は月収が最高2000万円からゼロ円にまで落ちる、という恐ろしく極端な人生経験をしている。
<月収2千万からゼロに至るまでは、4年ぐらいでした。給料100万時代が2年くらいあって、そこから歩合制になって、あとは転がり落ちるようにどんどん減っていって、月7~8万円っていう一桁が何ヶ月か続いたと思ったら、本当にゼロになったんです。>(P.30)
しかし有吉氏が凄かったのは、かつての私たちが彼らに対して思っていたように、ブレイクしていた最中(新幹線のホームに人が殺到して新幹線を止めたことも何度かあったとか)でも「こんな人気続くわけがない。自分の実力であるわけがない」と冷静な視点をずっと持ち続けていた点である。
そして、これは自分には絶対に真似できないと痛感したのは、有吉氏は月収2千万の時でも生活費を全く上げなかったことだ。
<僕はどんなに金あるときでも、家賃とか全部合わせても月15万ぐらいで生活してました>(P.15)
<僕は一番金あるときでも、もらいもんのTシャツとか着てました。『FM TOKYO』とか胸にロゴが入っているようなもらいもんのTシャツ」(P.16)
収入が増えていくと使うお金も増えていくのは多くの人のたどる行動パターンである。私が以前いた会社も微々たる額であるが毎年給料は上がっていた。しかしながらそれに比例して貯金が増えていくということはなかった。もともとお金を貯めるという発想が希薄な人間であったけれど。
<ちょっと金持ってるからって高い車とか買ったり、洋服に金かけたりとか、そういうことしてると、金なんかすぐなくなりますから。それで給料下がったとか、ボーナス出ないとか言って、ローン払えなくて泣くんですよね。>(P.16)
実に耳が痛くなる指摘だ。しかもこれは会社員などではなく見栄や虚飾が渦巻いているような世界で生きる人から提言されているのだから、有吉氏の視点は慧眼としか言いようがない。周囲に流されず自分の立場を冷静に分析して、しかも行動に移しているというのはなかなかできることではないだろう。
では、有吉氏のこうした言動を支える思想とはいかなるものなのか。
それは、
<「幸せ」って「金」だと思うんですよ。>(P.179)
というような発言に見られる、お金についての考え方である。これはパッと読むと拝金主義にとれるかもしれないが、例えばホリエモンや勝間和代のような「お金を持てばずっと幸せになれる!」というようなポジティブなものとは全く逆方向へ行く発想である。
<「前向きに生きよう」とか、「ポジティブ思考で何事もプラスに考えましょう」とか、言う人いますよね。「人生ポジティブに生きれば成功する」みたいなことを。
たいてい、そういう人って金持ってるんですよ。どっかの会社の社長とか、何かで成功した人とか、そういうこと言う人って、人生の成功者でちゃんとした地位とか築いてる人なんですよね。
そういう連中に「前向き」とか「ポジティブ」とか言われても説得力ないんですよ。「そりゃお前は金持ってるから前向きになれるかもしれないけど、こっちは金がないんだ」っていう。「じゃあポジティブになれば金持ちになれるか」っていうと全然そんなことないし。「そもそも金ないから前向きになれない」っていう。だから、そんなのウソだってことに早く気付いて欲しいですよね。なんの役にも立たないっていうことを。>(p.190)
ホリエモンや勝間さんなどの考えに批判的な人も、有吉氏のこの発言を覆すのはなかなか困難なのではないだろうか。それは彼の考えが机上の空論ではなく、地に足のついた自身の経験からきているからであろう。その経験が大半の人には実感できないようなかなり極端なものであったとしても。
実際、猿岩石ブームが過ぎ去って収入がガタ落ちした有吉氏を支えたのは、無駄に使わないでせっせと貯めていたお金である。その間アルバイトを一切してなかったという特殊な事情(バイトをしている姿を見られて蔑まされるのが嫌だったという)があるにせよ、
<あそこで調子に乗って、「金あるんだから遣っちゃえ!」みたいにしてたら、今頃僕、ホームレスやってるか、死んでたか、どっちかだと思います。とっくに芸人やめてたと思います。終わってました、確実に。>(P.13)
というのは別に誇張でもなんでもないだろう。本書では「ホームレス」という言葉がけっこう出てくるが、彼の頭には自分がそうなってしまう姿がリアルに浮かんでいたらしい。そしてそんな自分を支えていたのは、何よりもお金であった。
無論、お金ではどうにもならない問題というものある。例えば、愛というものがそうだ。たとえいくらお金を積んだとしても、「恋愛そのものに興味がない」という人が相手ではどうしようもない。これは私の経験から断言することができる(涙)
しかしながら、お金が人生のあらゆる局面で助けになるというのも、資本主義社会に生きる我々には否定できない事実だ。私はこの4月に以前の会社を辞めてしまったが、あてもないまま退社したため次の職を見つけるまで5ヶ月も費やしてしまう。その間は不安で不安で仕方なかったけれど、会社を辞めるという選択ができたのも退職金やいくばくかの貯金があったためである。それがなければ、辞めたくても辞められなかったのは間違いない。
お金だけで幸せになれるかどうかはわからない。ただ、あればその分あなたの人生に選択肢を広げられる。それだけは断言できる。それは私の乏しい人生経験から導かれたものだが、この想いは死ぬまで変わることはないだろう。
先日紹介した橘玲さんの「大震災の後で人生について語るということ」(講談社。11年)とともに私の「裏・聖典」となる、実に「面白くて、ためになる」を地でいく名著である。是非ともこの国に生きる全ての人におすすめしたい、真剣に。
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