いまから9年半前の2002年8月、サマーソニックでモリッシーのライブを観た方はどれほどいるだろうか。あの時は私も生まれて初めてあのモリッシーを生で観られるということで色々な思いを抱いて会場の大阪南港へ行った。サマーソニックの公式サイトで、モリッシーが日本に到着しました、というニュースが出たときはホッとしたものの、ライブの直前まで「果たしてちゃんとライブに出てくれるのか?」と不安なまま最前列で待っていたことも懐かしい。

そんな個人的な思い出はともかくとして、実際にライブを観て一番意外だったのは、会場にお客があまり入っていなかったことである。ステージは野外でなく展示場の中でそれほど広いわけでもない。それでもお客がパンパンになるということはなかった。モリッシーのファンはあまり多くないんだな、と認識を新たにした。

そもそも日本における彼の人気や知名度はどれほどのものなのだろう。「英国病」と言われるほど経済的問題が慢性的になっているイギリスと比べて、ザ・スミスが活動していた80年代前半から中盤の我が国は空前の(そして異常な)バブル景気に湧いていた。そうした社会情勢の違いもあってか、一部のマニアを除いてパンクやニュー・ウェーブといった音楽が世間的に高い注目が浴びたとはいいがたい。

しかしこの出口が見えない現在においてこうした音楽が実感を持って受け入れられてもおかしくない。などと勝手に思ってみたものの、来日公演のチケットは川崎公演以外は「絶賛発売中」という惨状だ。サマーソニックのことを思えば想像できなくない結果であるが、この国でスミスやモリッシーがブレイクする日はまだ訪れないようだ。

そんなことを書いておきながら、当の私にしても今日のライブを心待ちにしていたかといえばかなり怪しい。それが別にモリッシーの音楽がどうとかいうよりも、自分の身辺がガタガタになっていてライブを楽しめるような心境でないからだ。実際、先日にビルボードライブ大阪で観たリチャード・トンプソンを観ている間も心中は全く穏やかではなかった。

「俺はいまこんなことをしていて良いのか?」

正直いってそんな感じである。だが昨日あたりから過去の作品を聴いたりyou tubeでライブ映像を観たりしているうちに、

「モリッシーというのはこういう状況の時に聴くのに相応しいのでは?」

と考えが変わっていき、だんだんとテンションが高くなっていった。そして当日の昼前に近所のセブンイレブンでチケットを発券し、京阪電車で大阪へ向かう頃にはかなりライブが楽しみになってくる。なにせ9000円もするチケット(しかもドリンク代500円は別)なんだから楽しまないと損であろう。

本日の会場は、大阪南港にあったZepp Osakaが難波に移転して、この4月27日に新たに営業を開始したZepp Nambaである。初めての場所なのでパッと辿り着けるか心配だったが、思いのほかパッと会場まで行くことができた。私のとった交通手段を具体的にいえば、京阪電車で「北浜」駅を降りて地下鉄堺筋線に乗りかえ、最寄りの「恵美須町」で降りてそこから西へ歩いた。駅から「クボタ」の本社ビルを目指して歩けば簡単に着くだろう。Zeppはそのすぐ南にあるからだ。

小雨が降ってきたので、急いでチケットを渡してドリンク代を払い会場へ入る。入口のテーブルにはお客が持ち込んだペットボトルが何十個も並んでいたのが目についた。持ち込み禁止ということだがZepp Osakaでこんな光景を見た記憶がない。何か事情が変わったのだろうか。

私が着いたのは午後4時半過ぎで、開場時間の4時からもう30分以上過ぎていた。だが今回は2階の指定席を取っていたので場所を確保する必要もなくゆっくりと会場入りすることができる。上から見ると1階の立ち見席の様子がよくわかる。まだお客の数がまばらだ。開演までに果たしてどれほど埋まってくれるかどうか。まずそれが何より心配だ。

午後4時40分を過ぎたあたりだったろうか。会場が暗くなりステージを隠している白い幕にいくつか映像が流れ始める。それは昔のミュージシャンのプロモ・ビデオだった。エルビス・プレスリーやニコ?(声が似ていたが確信がもてない)など、そしてモリッシー本人がファンクラブに入っていたニューヨーク・ドールズの映像が出てきた時に会場前方がひときわ騒がしくなる。どうやらこれが開演のサインらしい。そして会場が暗くなってモリッシーとバンドがゆっくりと舞台左手から現れてくる。背後のスクリーンから見たこともない男性の肖像が映し出されたと思いきゃ、

「オオサカ、ワイルド。オスカー・ワイルド!」

とモリッシーが第一声を発し、ああ、あれはオスカー・ワイルド(アイルランド出身の文豪)だったのかと気付く。そしてザ・スミスの2枚目のアルバム「ミート・イズ・マーダー」(85年)収録の”ハウ・スーン・イズ・ナウ?”で大阪公演が幕開けとなった。駄洒落に続いて一発目がスミスの曲とはなかなかのスタートではないだろうか。

モリッシーの動きは基本的にサマーソニックの時と変わらない。胸がはだけたシャツを着てステージを右へ左とフラフラしながら、なんとも締まらない雰囲気を作りだしていた(ただ、マイクをぶんぶん振り回す場面はなかったと思う)。しかし前回の来日と決定的に違う点は、お客との距離が思いっきり近いところである。モリッシーも歌いながら最前列のいる人たちと握手したり、持っている花を取ったと思ったらすぐ客席にまた放りなげるなど、まめにサービスをしてくれる。私は幸運にもサマーソニックでは一番前でライブを観たのだが、いかんせんステージと客席には大きな溝があったので握手など叶わなかった。そんなこともあってモリッシーとお客のやり取りをなんだか羨ましくもあった。

またモリッシーの歌声も実に良い。来日公演の情報を集めていると、面白いサイトがあり、

http://blogs.dion.ne.jp/atonsdemo/

そこに「モリッシー来日公演『よくある質問』」というのを見つけた。いろいろと情報を提供しているので質問メールなどが届くのだろう。「Q.ジョニー・マーも来ますか?」という凄い質問もあったが(笑)、私が唸らされたのは、

<Q.来日公演に行って来ました。歌声が全然衰えていなくて感動しました。
A.申し訳ありませんが、「衰えていない」は適当ではありません。間違いなく年齢を重ねるごとに巧くなり凄みも増しています。>

というやり取りである。これについては私も同感だった。you tubeでは今年のライブ映像もたくさん観られるけれど、それらと比べたらサマーソニックの模様はかなりショボクレているように感じてしまうのだ。今年の53歳になるモリッシーは明らかに以前よりパワーアップしていると言いたい。その姿を観られたのは実に嬉しかった。

演奏曲目については、私はモリッシーのソロどころかスミスの曲についての記憶も怪しい人間なので良いとも悪いとも言えないけれど、スミスで最も好きなアルバム「クイーン・イズ・デッド」(86年)から”アイ・ノウ・イッツ・オーヴァー ”が聴けたのが一番の収穫であった。同アルバムに入っている”ゼア・イズ・ア・ライト”を聴きたいという感想がネットで散見したけれど、こちらはサマーソニックで既に観ているので、俺は別にいいや、というところである。あと”エヴリデイ・イズ・ライク•サンディ”をまた再び聴けたのが良かったかな。

アンコールでは何が出るかなと思ったら、なんと1枚目のアルバム「ザ・スミス」(84年)から”スティル・イル”を、日の丸の旗を腰に巻いた格好で歌ってくれた。その間、ステージに上がろうとするお客が出て来たが、スタッフによって客席に押し戻されていたのが2階から確認できた。それでも二人ほどは運良くモリッシーに抱きつくことができたが。そんなことをしながら日の丸を掲げてヨタヨタステージを去っていく。モリッシーが消えるとすぐ会場が明るくなりスピーカーから音楽が流れて終演を告げる。お客の方もわかっているのか、思いのほか皆アッサリと会場を出て行く。本編17曲、アンコール1曲で90分ほどのステージであった。外はまだ明るい。

とにもかくにも、無理して行った甲斐のあるライブだった。ただ中盤の”ミート・イズ・マーダー”の演奏中では、鶏や豚などの家畜が物のように扱われている映像をこれでもかと流してくれた(ご存知ない方のために付け加えるが、モリッシーは菜食主義者である)。このあたりの趣味の悪さも実にモリッシーらしいと思いながらも気が滅入る瞬間であった。こういう部分が日本でいま一つ彼が受け入れられない一因なのかもしれない。

最後に上のサイトに載っていた曲目を記す。

【演奏曲目】
(1)how soon is now?
(2)you have killed me
(3)black cloud
(4)alma splattered”(alma matters)
(5)when last i spoke to carol
(6)you’re the one for me, fatty
(7)maladjusted
(8)last night i dreamt that somebody loved me
(9)i’m throwing my arms around paris
(10)speedway
(11)let me kiss you
(12)meat is murder
(13)ouija board, ouija board
(14)to give (the reason i live)
(15)everyday is like sunday
(16)i know it’s over
(17)i will see you in far-off places

(アンコール)
(18)still ill

コメント

nophoto
Miyuki
2012年5月5日14:21

モリッシーのライブレポ、共感しながら読ませていただきました。私もZepp Nambaでのライブを見ました。実は私も「こんな時にモリッシーなんて行っている場合か?」なんて状況だったのですが、「こんな時だからこそ。」と自分で答えをだしてライブに向かいました。結果は、行って本当に良かったと思っています。サマソニでのモリッシーは見ていないのですが、今回のライブを見て、モリッシーの歌声の健在さにびっくり。それにしても、モリッシーはあまり日本では売れていないのですね。お客さんの数の少なさに少しびっくりでした。

かずあき@寺之内
2012年5月5日23:23

>Miyukiさん
読んでいただきありがとうございます。モリッシーのファンが日本に少ないこともそうでしょうが、多くの人がライブに行く余裕が無くなってるのかもしれません。東京では完売する公演でも大阪では「発売中」ということもザラですから。

モリッシー自身も現在はレコード会社と契約が打ち切られているというお世辞にも良い状態とはいえない中で来日してくれました。そんな話を知って、自分ももう少し頑張ってみようかと思った次第です。モリッシーに励まされるというのも変な気がしますが、世間のイメージとは裏腹にずいぶんファンには優しい人だなとも思いました。

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