「日給月給」という言葉がある。「時給労働」といったほうがわかりやすいだろうが、働いた時間の分だけ給料に反映されるというのが現在の私の雇用形態だ。平日に休むことは前もって相談すれば可能だが、その分の収入はそっくり無くなってしまう。ボーナスどころか交通費も支給されない結構ギリギリの状態で生活している身としてはこれはなかなか辛いところだ。

しかも、休みを入れたらその分の仕事の負担も翌日以降にのしかかってくる。それも自分を苦しめることになる。しかし今日はもう数ヶ月前から予定を入れていたので行かないわけにもいかない。そうした悲壮な覚悟(というほど大層なものでもないか)をしての本日の休暇であった。

ライブは夕刻から始まるので、せっかくの平日だから何かしなければな、と考える。そして、以前の職場を回ってみようと思い立った。半年前だったらそのようなことは考えていなかった。もし「今どうしてるの?」と訊かれたら動揺して答えられなかったし、そもそも人前に出たい気分ではなかったからだ。今はその時より心境はだいぶマシになったし、リハビリのようなつもりでこうした行動をとったのである。

昼前から夕方にかけて大津の滋賀本社と中京区の本社に行き5~6人の方と立ち話をしただろうか。その途中、ラーメンを食べさせてもらったらお茶を飲ませてもらったりもした(ありがとうございました)。それ自体は楽しくて有意義だったのだけれど、みんなに共通して受けた印象は、

「なんだか疲れているのでは・・・」

というものだった。職場の状況を訊けばやはり良いこともないわけで当然といえば当然のことではあるだろう。しかし、なぜそんなことを感じ取ってしまったのか。この1年ほど色々と苦労して人の痛みがわかるようになったのだろうか。いや、そんな高尚な話ではない。当の私自身がけっこう精神的に参って疲れているから、相手にも同じような空気を感じとったのだと思う。

ところで、かつての職場を訪ねたと聞いたら、

「なんだ。辞めたのを後悔してるのか?未練があるのか?」

と思う人が多いに違いない。私が傍観者の立場ならそう思うだろう。しかし自分に関していえば、それは全くない。出会った人の一人から、残っていた方が良かったかも、と言われた。しかし辞める直前の自分の状態を定年まで25年間続けられるかといえば、それが絶対に無理だった。どこかで体か脳みそがぶっ壊れていただろう。そういう人生は全く自分の望むところでないし、それを解決するためには職場を去ることしかなかったのである。

もちろん現在も日々の生活に不安を抱いて生きているわけだが、それは会社勤めをしているころから思っていたことだ。定期的な収入が毎月確保できるからといって、将来の不安が消えるわけでもない。今の生活が経済的に苦しいからといって、(私の感覚で)「ちょっと」収入が増える代わりに精神的にはグッと辛くなるかつての職場に戻ろう、という気持ちになれるだろうか。私にはとてもそうは思えないのだが。

それはともかく久しぶりに色々な人と話をして、仕事面で相当に行き詰まっていた自分も元気をもらったというか、みんな苦しんでるわけだしもう一踏ん張りしないといけないかな、という気持ちにさせられた。そう思えただけでも今日1日は大きな意義があったと思う。

京阪電車と地下鉄を乗って心斎橋に着いたのは午後5時45分ごろだった。ライブ前に何か食べておこうとアーケード街にある「こがんこ」で回転寿司を食べる。「こがんこ」に寄ってからライブ会場に行く(またはライブ終了後に「神座」へ行く)というのは、10年くらい前はよくやってはいたが、久しぶりのパターンだ。昔は毎月のようにライブで大阪に行っていたなあとしみじみ思い出す。本日の会場であるBIG CATにしてもいつ以来だろう。道順も忘れてしまい少し迷子になる場面もあった。それでも会場15分くらい前になんとか着くことができた。すでに多くの人がたくさん階段に並んでいる。

ところで、本日のライブはちょっと特殊な仕様になっている。今夜はファンクラブ会員限定なのだ。去年の10月かそこらに会報で発表されたと記憶しているが、自分の身辺がゴタゴタしていた時期だったのでチケットの先行予約もせず、ファンクラブ自体もいつの間にか抜けてしまい(理由?そんなの経済的な問題に決まってるだろう)、そのまま月日だけが流れた。だが限定ライブで貴重な曲も聴けるかもしれない、という思いは消えずファンクラブ事務局に、再入会しようと思うんですが限定ライブの再募集とかありますかね?と問い合わせてみた。先方は、可能性はあるかもしれませんが・・・と微妙な答えではあったが、

「今は会員も少ないだろうし、チャンスはまだある」

そう確信して、月に大阪でライブがあった時に会場に再入会の手続きをとる。するとしばらくして、ライブの2次募集のハガキが届いた。ほら、思った通りである。こうして私は無事に本日のチケット確保することができた。参考までにお伝えするが、お客が並んでいた階段に「1〜100」という感じで入場番号の張り紙が貼っており、その最後尾が「300〜400」だった。それから類推すると、本日の入場者数は350人とかそんなくらいだろう。ちなみに私は328番とかそんな数字だった。2次募集で取ったからそんなものか。

面白かったのは入場の仕方で、

「215番のお客様、どうぞ」

という感じで1人ずつ入れていることであった。ライブハウスの入場で1人ずつ呼ぶのはせいぜい最初の10人くらいで、あとは10人ずつにまとめてしまうのが通例だ。このあたりに、今日のライブは特別なんだな、という雰囲気を感じ取った。

会場のBIG CATは詰め込んだら800人は入るから中はガラガラなのでは?と不安に思いながら入場した。しかしパッと見た感じ、後方にはテーブルが並べられているものの、7割くらいは埋まっているように思えた。お客がかなりスペースに余裕をもって立っていたのかもしれない。その隙間を縫ってなるべく前の方の座席を確保する。入り口ではルミカライト(ペンライト)を渡される。オープニングの時に使うものらしいが、

「うっとうしいし、早めにつけておくか」

とライトをボキッと折って発光させて胸のポケットに締まっておく。しかし、周囲おを見渡してもライトをつけている人は皆無である。

「客電が消えた頃にライトをつけるつもりなのかなあ?」

と思って待っているうちに、ポケットに入っているライトの光がどんどん弱まっている。なんだ、ペンライトって1時間くらい持つものじゃなかったのか。

「そういえばライトに何か紙が巻かれていたなあ」

と今更ながら注意書きを読んでみると、

<★発光時間は、約15分間
ライブ前に発光させてしまった場合でも、追加でお渡しすることはできませんのでご注意ください。>

だとさ。うっそお。15分しか使えないとは・・・。あまりのバカさ加減に自分がまた嫌になったものの、

「どうせ、ペンライトを振るキャラでもないですよーだ」

と思い直し開演を待つ。

しかしながら、「限定ライブだからアレとかソレとか飛び出すかな?」などとワクワクしていたわけでもない。実は彼女のデビュー日である5月2日に東京(会場はShibuya duo MUSIC EXCHANGE)でも限定ライブがあり内容も知っていたからだ。それは正規のツアーと9割は同じもので、貴重な曲といえば彼女のデビュー曲”I’m Free”と”大冒険”だけである。「それで限定ライブ?」と疑問に思う方もいるだろう。しかし個人的には何の不思議も意外性も感じない。なぜなら渡辺美里は「そういう人」だからである。ゆえに終演に至るまで下手な期待や希望を抱いてはいけないのだ。私はいつのころかそういう姿勢で臨んでいる。勝手な思い込みをしておいて「裏切られた!最低だ!」などとほざいても、それは結果として自分の責任なのだから。

開演は定刻より少し遅れて7時10分ごろに始まった。バンド・マスターのスパム春日井がルミカライトを折るよう合図をする。そうか、このタイミングで折れば良かったのか。今度からは気をつけるようにしたい。そしてキーボードから”言いだせないまま”にイントロが出てきたとき客席がワッと沸き出す。これが1曲目ならなかなか良い出だしかと思ったものの、たぶんそれはないなと直感する。そして美里本人が登場したとたん、曲は”セレンディピティー”に突然変わり出す。やはり、20年もライブを観ている私の目に狂いはなかった。

もはや彼女のライブを批判するつもりもないのだけれど、この演出(といえるかどうかわからないが)にガックリきた人が会場にかなりいただろうと思えてしかない。私は幸運にも”言いだせないまま”を聴けたし、そもそも何も考えずに1曲目を待っていたので何のダメージも受けないが。

全体的な内容としては、やはり今回のツアーと大きく逸脱するようなところはなかった。貴重な曲といえばまず、この曲を歌いのは久しぶり、と前書きしておいた”愛しき者(ひと)よ”である。これは96年のシングル”My Love Your Love (たったひとりしかいない あなたへ)”のカップリングでアルバムには収録されていない曲だ。たぶん私も聴いたことはない(96年のツアーで観た大阪公演では披露されていない)が自信はない。個人的にはその程度の思い入れの曲である。なぜこれが敢えて選ばれたのか、その理由はわからない。ファンクラブのリクエストが多かったとしたら、そのファンは何を思ってリクエストしたのかも判然としない。なによりお客の反応もそれほど良かったように見えなかった。それは当然だろうな、と思う私の感覚が間違っているだろうか。

あと1曲くらい変わった曲があるかなと思っていたら、後半では”Love Is magic”がいきなり出てくる。これも90年のシングル”恋するパンクス”のカップリング曲でアルバム未収録というものだ。この曲は密かに人気があるようで会場もけっこう盛り上がっていた。中にはパンクの客のように「オイ!オイ!オイ!オイ!」という調子になっていた連中もいて少し引いてしまう場面もあったが。あの人たちはどこであんな品のない動作を覚えたのやら。

しかしこの時点で、

「あー、貴重な曲はこれで終わりなのかなあ。やはりこんなものだったのかなあ」

とかなり気持ちは冷めていった。が、”Love is magic”が終わってから何の前置きもないまま、東京公演でも披露された”大冒険”が出た時は「やったね!」といきなりテンションが上がる。”大冒険”は私が生まれて始めて買ったアルバム「Lucky」(91年)に入っている曲で、シングルにもなっていない。にもかかわらず、あの「チリチリチリチリ・・・」というイントロが出たとたん、会場が一気に爆発したような盛り上がり方になったのはビックリする。ちなみに私はこの曲を20年前のライブ(92年8月18日、真駒内アイスアリーナ)以来聴くことができた。高校1年の時に生まれた始めたライブであり、またそれが生涯最高のライブであった。20年ぶりにこの曲が聴けたのはとても嬉しかった。けれど歌う彼女を姿を観て、

「20年前の再現というわけにもいかないんだね、お互い・・・」

という思いがちょっと頭をよぎってしまったことも正直に告白しておく。そんなことを考えながらも空で一緒に歌っていたが。さすがに「Lucky」に入ってる曲はパッと口から出てくるからね。

歌の調子も今回は良かったと思うが、5月26日に観た京都公演1日目のような神懸かった感じはなかった。その証拠に終演した後のお客は淡々とした調子で帰っていく。今夜と比較すると、終わっても延々と拍手が続いたあのKyoto Museでのライブは一体なんだったのだろう。ライブとはつくづく不思議なものである。

終演は9時20分ごろ、実質2時間10分ほどでこの辺りも正規のツアーとはあまり変わらない。しかし彼女のMCはリラックスしていたというか、ファンクラブの会員だから気兼ねなく話していたような様子だった。

その中で、長年応援してくれたファンへ謝辞のようなことを言った時に、くそ真面目なくらい真っすぐな私だけど、というようなセリフが出てきたことが今も忘れられない。なんだかんだいって20年間追いかけてきたわけだが、不器用ともいえるほど真っすぐな思い(それが作品や創作活動に必ずしも結実しているわけでもないけれど)が彼女の核であり魅力だとずっと思ってきた。その行為は関係ない人からは嘲笑の的になるようなこともあったけれど、そうした生き方をしているからこそ彼女の言葉や思いには嘘偽りがないと私は信じてこれたのだ。いや、この年になるとどうしても穿った見方をしてしまうが、もしかしたら彼女の姿にもう一人の自分を見ているのかもしれない。あまりうまくこの時代を生きていないところも実にそっくりだ。

そんな私の思いは別に誰かと共感してもらいたいとも理解してほしいとも思わない。ただ、私は私のやり方で彼女をずっと観ているのだろう。ライブが終わったら、三本締めをしている連中がいたが、私は私でこうした人たちの気持ちが全く理解できないし、理解したいとも思えない。そうだね、あなたたちもそうやってこれからも生きていくんだろうね。そんなことを思いながら会場を後にした。最後に曲目を記す。

【演奏曲目】
(1)セレンディピティー
(2)世界中にKissの嵐を
(3)Believe
(4)春の日 夏の陽 日曜日
(5)maybe tomorrow(大江千里のカバー)
(6)愛しき者よ
(7)ココロ銀河
(8)10years
(9)虹をみたかい
(10)人生はステージだ!
(11)Love is magic

(12)大冒険
(13)サマータイムブルース

<アンコール>
(14)始まりの詩、あなたへ
(15)My Revolution
(16)すき
(17)eyes


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