吉永賢一「東大家庭教師の 頭が良くなる思考法」 (15年。中経の文庫)
2015年11月28日 読書
40年近く生きているが、本をたくさん読んできたとはお世辞にも言えないだろう。1年の間に購入した書籍(雑誌や漫画も含む)は20冊を上回るかどうかという程度だと思う。ここ数年においてはTOEIC関連の書籍が大半なので、純粋に「読書をしたい」と思って買った本は数冊とかいうレベルである。
自分の読書における環境がこの程度であるけれど、それでも「この本を買って良かった!世の中を見る目が変わった!」と感じる書籍との出会いはそれほど多くはない。おそらく、それは何冊読んだとかいった量や数の問題とは別の次元にあるからに違いない。
では何が大事かといえば、それはもう「個々人の事情」というしかないだろう。
本の素晴らしさを述べるときに、何度読んでも新しい発見がある、というような形容をよく見かける。同じ本でも時が経つにつれてその印象が変わってくるということだが、それは読む人の内面が変化したことの結果に他ならない。これは完全に、読む人の事情による一方的な見解である。書籍になってしまった文章がある日いきなり内容が変わるわけがないのだ。
それはともかくとして、本の内容そのものが大事なのは大前提であるが、それを読んだ時代とか環境といった要因は同じくらい重要な気がしてならない。本書を読んで一番感じたのはその辺りだった。おそらく10代や20代で本書を読んでも、自分には大して利益にはならなかっただろう。それどころか反発すら覚えたかもしれない。当時の自分ではとても受け入れられないことが書かれているからだ。その辺りを中心にこの本を紹介してみたい。
「東大家庭教師の 頭が良くなる思考法」(15年。中経の文庫)は「思考法」と題されているので、ジャンルとしては「ビジネス書」または「自己啓発」といったところに分けられるだろう。著者の吉永賢一さんは会社社長とか経営コンサルタントとかいったビジネス畑の人ではなく、学生時代から現在まで家庭教師として活動されている。23年間で約1500人の指導をした経験から本書の「思考法」が導き出された。
ビジネス書や自己啓発書はたくさん読んでも役に立たない、と言われることがある。その大きな理由に、良いことが書かれてあっても自分の生活や仕事に具体的に落とし込むことが容易ではないからだ。ひらたく言えば、書かれているノウハウが「使えない」というわけである。私自身もそういうイメージがあるためビジネス書はあまり買ったことがない。
これに対して吉永さんの一連の著書は、書かれている項目の一つ一つが極めて「具体的」に示されてる。それによって「成功」するかどうかはまた別の話だが、読んですぐに実践可能なことがたくさんあり試してみることは簡単だ。それはおそらく家庭教師という仕事の経験が活きているのだろう。目の前にいる子どもをどうやって勉強する気にして成績を上げるか。そのような問題を膨大に取り組んでいったら優れた勉強法や記憶法などが生まれるのは想像に難くない。
本書は、
<「問題解決」のための思考法>(P.29)
を解説した本であり、「問題」とは「それを解消したり、実現できたりすれば、あなたがハッピーになれること」(P.19)と定義されている。そのために大切なのが「思考を適切にしていくこと」(P.23)であると吉永さんは指摘する。
<思考を整えていくというのは要するに、身のまわりの問題を解決し、あなた自身の人生を変えるための方法だといえます。>(P.24)
悪い思考を止めて適切な思考法を実践すれば、自分にとりまく「問題」を処理して人生を変えることができる。そのための方法論をまとめたのが本書である。
個々の内容については触れるとキリがないため、私が最も感銘を受けた2点について述べてみたい。
一つは、物事には「コントロール内/コントロール外」に分けることができ、コントロール外のことは自分ではどうにかならないから変えようと思うな、というのである。
<なぜなら他人は基本的にコントロール外だからです。こちらがどんなに強く念じようが、命令しようが、他人はこちらの100%思い通りには動いてくれないものです。
「自分のコントロール外」は自分の力ではどうにもできません。それをどうにかしようというのは、ひたすらエネルギーを消耗するだけで、問題は未解決のままです。>(P.27)
これは本書に幾つかある重要な指摘の一つだが、ここをスッと受け入れられるかどうかが本書の価値を決める分岐点である。周囲を動かすというのは非常にエネルギーが必要な作業で、しかも効果は薄い。しかし、そうした現実を受け入れるにはある程度の大きな視点を持っていなければならない。
ただ「他人は変えられない」という指摘自体は多くの自己啓発書でもよく言われていることである。これで終わったら本書も同じレベルでとどまっていた。
先ほどコントロール内外という話が出たが、
<いまの自分に「できないこと」はしない。「できること」をするーーー。これを行動方針の大原則をしてください。>(P.80)
自分の中にも「コントロール外」と「コントロール内」の物事が存在する。だからこそ、その2つを冷静に分析して「いまの自分にできること」(=コントロール内のこと)だけを実践するようにしようということなのである。このあたりも自分をどれだけ客観的に分析できるかどうかが、結果を出せるかどうかの重要なポイントであろう。
一言でまとめてみれば、成功のためには「コントロール外」のことは無視し「コントロール内」のことだけを実践せよ、ということになる。これはパッと見た感じでは非常に簡単に見えるが、そのためには必要な条件があることに読まれた方は気づいただろうか。
「コントロール内」と「コントロール外」を分けて分析するためには、自分の「限界」という部分を見分けられなければならない。これが大原則である。つまり、自分を客観視できない人間には本書の内容はほとんど「使えない」はずだ。
置かれている環境に無関心な人ほど「俺にはまだ無限の可能性がある!」などと思いがちである。自分が「成功」していないのは努力が足りないからでそこをクリアすれば結果が出せる。また、そのための時間はまだいくらでもある。このような「若い」(それは年齢という意味ではない。年をとっても精神が「若い」人はたくさんいる)考えの方々には「世の中にはコントロール外という出来事がある」という事実を到底受けいれられないだろう。
しかし当の私はといえば、もう来年40を迎える年齢となり、あとどれくらい人生が残っているのかと考える場面も多くなった。また、人生の選択肢も狭まる一方で、体力も知力も衰えは明らかである。そうした中でどのようにこれからを過ごしていくのかと悩むこともある。
そんな時に本書に出会い、砂の中に水が吸い込むようにその内容が頭に入っていった。そうか。できないことは「仕方ない」(=コントロール外)と受け入れ、今の自分にできること(=コントロール内)を専念すれば良いのか。そう確信するに至った。
そして本書にはこのようなことは書かれてなかったはずだが、私は「成功」というものの定義がこれを読んで確かになった。
それは、
「人間は自分に『できる』範囲のことしかできない。そして『できる範囲』の中にしか「成功」はない」
ということである。
全ての現実を受け入れて、そして「いまの自分ができること」を専念していけば「成功」と言われるような境地にもたどり着ける可能性はある。そんな道筋を本書によって知った気がする。
振り返ってみれば、意味のない行動や無駄な思考ばかりの40年近くだった。しかしこれからは本書に書いていることを参考にしながら、少なくとも人生の前半よりは素晴らしいものにしたいと思っている。
そして自分の可能性を冷徹に分析して、それでも残りの限られた人生を充実させたいと願う人にはこの本をぜひ読んでいただきたいと思い、今回紹介した次第である。
自分の読書における環境がこの程度であるけれど、それでも「この本を買って良かった!世の中を見る目が変わった!」と感じる書籍との出会いはそれほど多くはない。おそらく、それは何冊読んだとかいった量や数の問題とは別の次元にあるからに違いない。
では何が大事かといえば、それはもう「個々人の事情」というしかないだろう。
本の素晴らしさを述べるときに、何度読んでも新しい発見がある、というような形容をよく見かける。同じ本でも時が経つにつれてその印象が変わってくるということだが、それは読む人の内面が変化したことの結果に他ならない。これは完全に、読む人の事情による一方的な見解である。書籍になってしまった文章がある日いきなり内容が変わるわけがないのだ。
それはともかくとして、本の内容そのものが大事なのは大前提であるが、それを読んだ時代とか環境といった要因は同じくらい重要な気がしてならない。本書を読んで一番感じたのはその辺りだった。おそらく10代や20代で本書を読んでも、自分には大して利益にはならなかっただろう。それどころか反発すら覚えたかもしれない。当時の自分ではとても受け入れられないことが書かれているからだ。その辺りを中心にこの本を紹介してみたい。
「東大家庭教師の 頭が良くなる思考法」(15年。中経の文庫)は「思考法」と題されているので、ジャンルとしては「ビジネス書」または「自己啓発」といったところに分けられるだろう。著者の吉永賢一さんは会社社長とか経営コンサルタントとかいったビジネス畑の人ではなく、学生時代から現在まで家庭教師として活動されている。23年間で約1500人の指導をした経験から本書の「思考法」が導き出された。
ビジネス書や自己啓発書はたくさん読んでも役に立たない、と言われることがある。その大きな理由に、良いことが書かれてあっても自分の生活や仕事に具体的に落とし込むことが容易ではないからだ。ひらたく言えば、書かれているノウハウが「使えない」というわけである。私自身もそういうイメージがあるためビジネス書はあまり買ったことがない。
これに対して吉永さんの一連の著書は、書かれている項目の一つ一つが極めて「具体的」に示されてる。それによって「成功」するかどうかはまた別の話だが、読んですぐに実践可能なことがたくさんあり試してみることは簡単だ。それはおそらく家庭教師という仕事の経験が活きているのだろう。目の前にいる子どもをどうやって勉強する気にして成績を上げるか。そのような問題を膨大に取り組んでいったら優れた勉強法や記憶法などが生まれるのは想像に難くない。
本書は、
<「問題解決」のための思考法>(P.29)
を解説した本であり、「問題」とは「それを解消したり、実現できたりすれば、あなたがハッピーになれること」(P.19)と定義されている。そのために大切なのが「思考を適切にしていくこと」(P.23)であると吉永さんは指摘する。
<思考を整えていくというのは要するに、身のまわりの問題を解決し、あなた自身の人生を変えるための方法だといえます。>(P.24)
悪い思考を止めて適切な思考法を実践すれば、自分にとりまく「問題」を処理して人生を変えることができる。そのための方法論をまとめたのが本書である。
個々の内容については触れるとキリがないため、私が最も感銘を受けた2点について述べてみたい。
一つは、物事には「コントロール内/コントロール外」に分けることができ、コントロール外のことは自分ではどうにかならないから変えようと思うな、というのである。
<なぜなら他人は基本的にコントロール外だからです。こちらがどんなに強く念じようが、命令しようが、他人はこちらの100%思い通りには動いてくれないものです。
「自分のコントロール外」は自分の力ではどうにもできません。それをどうにかしようというのは、ひたすらエネルギーを消耗するだけで、問題は未解決のままです。>(P.27)
これは本書に幾つかある重要な指摘の一つだが、ここをスッと受け入れられるかどうかが本書の価値を決める分岐点である。周囲を動かすというのは非常にエネルギーが必要な作業で、しかも効果は薄い。しかし、そうした現実を受け入れるにはある程度の大きな視点を持っていなければならない。
ただ「他人は変えられない」という指摘自体は多くの自己啓発書でもよく言われていることである。これで終わったら本書も同じレベルでとどまっていた。
先ほどコントロール内外という話が出たが、
<いまの自分に「できないこと」はしない。「できること」をするーーー。これを行動方針の大原則をしてください。>(P.80)
自分の中にも「コントロール外」と「コントロール内」の物事が存在する。だからこそ、その2つを冷静に分析して「いまの自分にできること」(=コントロール内のこと)だけを実践するようにしようということなのである。このあたりも自分をどれだけ客観的に分析できるかどうかが、結果を出せるかどうかの重要なポイントであろう。
一言でまとめてみれば、成功のためには「コントロール外」のことは無視し「コントロール内」のことだけを実践せよ、ということになる。これはパッと見た感じでは非常に簡単に見えるが、そのためには必要な条件があることに読まれた方は気づいただろうか。
「コントロール内」と「コントロール外」を分けて分析するためには、自分の「限界」という部分を見分けられなければならない。これが大原則である。つまり、自分を客観視できない人間には本書の内容はほとんど「使えない」はずだ。
置かれている環境に無関心な人ほど「俺にはまだ無限の可能性がある!」などと思いがちである。自分が「成功」していないのは努力が足りないからでそこをクリアすれば結果が出せる。また、そのための時間はまだいくらでもある。このような「若い」(それは年齢という意味ではない。年をとっても精神が「若い」人はたくさんいる)考えの方々には「世の中にはコントロール外という出来事がある」という事実を到底受けいれられないだろう。
しかし当の私はといえば、もう来年40を迎える年齢となり、あとどれくらい人生が残っているのかと考える場面も多くなった。また、人生の選択肢も狭まる一方で、体力も知力も衰えは明らかである。そうした中でどのようにこれからを過ごしていくのかと悩むこともある。
そんな時に本書に出会い、砂の中に水が吸い込むようにその内容が頭に入っていった。そうか。できないことは「仕方ない」(=コントロール外)と受け入れ、今の自分にできること(=コントロール内)を専念すれば良いのか。そう確信するに至った。
そして本書にはこのようなことは書かれてなかったはずだが、私は「成功」というものの定義がこれを読んで確かになった。
それは、
「人間は自分に『できる』範囲のことしかできない。そして『できる範囲』の中にしか「成功」はない」
ということである。
全ての現実を受け入れて、そして「いまの自分ができること」を専念していけば「成功」と言われるような境地にもたどり着ける可能性はある。そんな道筋を本書によって知った気がする。
振り返ってみれば、意味のない行動や無駄な思考ばかりの40年近くだった。しかしこれからは本書に書いていることを参考にしながら、少なくとも人生の前半よりは素晴らしいものにしたいと思っている。
そして自分の可能性を冷徹に分析して、それでも残りの限られた人生を充実させたいと願う人にはこの本をぜひ読んでいただきたいと思い、今回紹介した次第である。
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