鬼の念仏
2006年3月19日
昨日に引き続き今日も休みだ。昼まで眠り午後から大津歴史博物館の「大津絵の世界」展を観に行った。
江戸時代にその起源があるといわれている大津絵は、もともと「仏画」、つまり仏が書かれた絵であり、床の間などに飾って毎日おがむ信仰のために使われるものだった。それが時代を経つにつれ風刺画、美人画、鳥獣画など多様な形態になっていく。制作された地名により追分絵、大谷絵、大津絵などと呼ばれるようになったものの、いつのころか大津絵と総称されるようになったという。
博物館ではいろいろな種類の絵が展示されていたが、一つだけ興味を惹くものがあった。「鬼の念仏」と題した作品である。これは坊さんの格好をした鬼が描かれた風刺画で、邪悪な鬼が形だけの善行を行っているということを意味しているという。つまり偽善者を表現しているわけだ。最初はデザインのかわいらしさに興味を持ったけれど、その表現するところがまた気に入った。
時間もあったので博物館から京阪浜大津駅まで歩いていると、舗装された道に「鬼の念仏」が刻まれていた。それが写真である。大津絵が民間に浸透していることの証明といえよう。
大津絵の概要についてはこのページを参照した。
http://www.otsue.jp/
江戸時代にその起源があるといわれている大津絵は、もともと「仏画」、つまり仏が書かれた絵であり、床の間などに飾って毎日おがむ信仰のために使われるものだった。それが時代を経つにつれ風刺画、美人画、鳥獣画など多様な形態になっていく。制作された地名により追分絵、大谷絵、大津絵などと呼ばれるようになったものの、いつのころか大津絵と総称されるようになったという。
博物館ではいろいろな種類の絵が展示されていたが、一つだけ興味を惹くものがあった。「鬼の念仏」と題した作品である。これは坊さんの格好をした鬼が描かれた風刺画で、邪悪な鬼が形だけの善行を行っているということを意味しているという。つまり偽善者を表現しているわけだ。最初はデザインのかわいらしさに興味を持ったけれど、その表現するところがまた気に入った。
時間もあったので博物館から京阪浜大津駅まで歩いていると、舗装された道に「鬼の念仏」が刻まれていた。それが写真である。大津絵が民間に浸透していることの証明といえよう。
大津絵の概要についてはこのページを参照した。
http://www.otsue.jp/
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