ヴァン・モリソン英国公演2日目(07年6月15日、ハンプトン・コート・パレス)
ロンドンに着いて3日目の朝である。今日も時差ボケらしき症状は全くない。午前8時、食堂に行く前に「地球の歩き方」をめくって電話を入れる。ヨーロッパの観光を扱っている「みゅう」という会社で、そこは日本語の通じる窓口も用意されている。

http://www.myu-info.jp/

「ストーンヘンジ(Stonehenge)へ行くツアーはありますか?」

昨日まではKさんに世話になりっぱなしだったが、そろそろ単独行動をしてみようと思い立った。そこで、「地球の歩き方」の片隅に載っていたストーンヘンジに目をつける。Kさんはかつてレンタカーでストーンヘンジを既に観ているので、行く気はないという。それならばツアーで行けないかと思った。しかし、

「いまからですと、8時半までにウォータールー(Waterloo)駅まで行かないと受付に間に合いません。また、それも定員がいっぱいになっている可能性もあります」

というような答えが返ってきた。今から30分以内にウォータールー駅まで行けるわけがない。予想はしていたものの当日の朝にツアーを申し込むというのは無理があった。よって、ツアーで行く方法は諦めた。

それから食堂でKさんと合流し朝食を取る。やっぱりストーンヘンジを観たいのでその旨を伝えて、9時過ぎに単身で地下鉄に乗りウォータールー駅に向かう。ここから鉄道に乗り換えてまず最寄り駅のソールズベリ(Salisbury)へ行かなければならない。しかし路線があまりにも多すぎて、どの線路がどこへ向かうかさっぱりわからない。駅の構内をウロウロしていると、路線図および時刻表が20種類以上(!)置いてあるのを見つける。そこを物色してソールズベリ行きの路線をなんとか発見する。

次に切符を買うわけだが、地下鉄とはまた違った販売機でよくわからない。買っている人たちを観察していると、キャッシュカード専用の自動販売機があったので、これで買うことにした。画面には何種類か料金が表示されていてこれまた意味不明だ。とりあえず往復で買った方が安いみたいなのでそれを買う。キャッシュカードを入れると、チケットとレシートが有無をいわさず出てきた。値段は25.6ポンドだから6400円くらいだ。JRで京都から神戸の三ノ宮まで行く場合、往復で2100円だからやっぱり高い。

あとは電車に乗れば一安心、とはいかなかった。時刻を確認し所定の乗り場に止まっている電車に入るが、この電車もよくわからない。どうも前の車両は指定席のようである。そこで真ん中へんの車両に入ってみるが、椅子の上に「Reserved」(「予約」ということか?)という紙が置いてあるのだ。私の切符は別に指定でもなさそうだし、不安になってくる。そこでホームにいた駅員に、「Excuse Me.This ticket,O.K?」などとチケットを見せて訊いてみたら、「O.K!」と返事が返ってくる。もう時間もないので、真ん中の車両で「Reserved」の紙が貼っていない席に座ってしまった。ビクビクしながら車両に座っていたが、結果として何事もなくソールズベリまで行くことができた。

ここからバスでストーンヘンジである。駅の窓口に行くとチケットを買うために何人か並んでいた。チラシが置いてあり、ストーンヘンジまで7.5ポンド云々、と書いてある。言葉で説明する自信が無いので、無言で7.5ポンドを窓口に提示するとチケットをくれた。チラシにはバスの時刻表もあり、12時ちょうどにバスが出発するようだ。いまは11時55分だ。「Where is the bus?」と窓口に尋ねたら方向を教えてくれたので、急いでバスに乗り込む。中にいたのは日本人らしき人、東南アジア系の女の子など、いかにも観光客という人たちばかりだった。ここまで来ればもう安心だ。しかし、この辺りから雨が降り出してくる。

出発してすぐは民家もちらほら見かけるも、しばらくすると森だけになっていき、そこを抜ければ広大な草原が目に飛び込んできた。それは生まれて初めて見る地平線だった。大部分が山地の日本では地平線の見られる場所はそれほど無い。おそらくストーンヘンジよりも感激した瞬間だった。そしてソールズベリから20分ほどかかって、目的地へたどり着く。しかし周辺は金網で囲まれていて、入場料を払わなければ近づくことができない。入口を見つけ料金6.3ポンドを支払う。音声ガイド(日本語もある)を無料で貸し出しをしていたが、気づかないまま中に入ってしまった。

紀元前2500年から紀元前2000年にできたと言われるストーンヘンジは、なんのために造られたのかも定かではない不思議な遺跡だが、現在ではすっかり観光地となってしまい人がいっぱいである。だから、ちっとも神秘的な雰囲気ではない。草原の向こうを見れば家畜と思われる動物の群れがいる。ゆっくり観ようと思ったが、雨は一向にやみそうもない。傘もカッパも用意していないのでめちゃくちゃ寒い。それに、モタモタしていたら晩のライブの支度もできなくなる。そこで土産物店に入り、ストーンヘンジの形をした置物(9.9ポンド)と日本語のパンフレット(4.9ポンド)を買って、午後1時半にバスでソールズベリへ戻る。相変わらず外は雨で、晩のライブが不安になってくる。

「3度目にヴァン・モリソンを観ることは、たぶんないだろうな」

などと思いながらソールズベリの景色を見ているうちに、やたらと感傷的な気分に襲われる。

帰りの鉄道は、車両と車両のつなぎ目の狭い座席に座った。向かいに10代後半と思われる短髪の男性が私に何か訊いてきた。どうやら、席が空いているか?と尋ねているようだが、「I don’t know」とだけ答える。そんなこともあったが、午後4時にはウォータールー駅へ戻ることができた。ホテルに戻ると、昨日の約束通り、部屋を移動しなければならない。スーツケースを抱えて階段で4階まで上がる。しかし、別にこっちの都合で部屋を変えるわけではないので、ホテル側が運ぶのが筋な気がするのだが・・・。ちなみに、このホテルにはエレベーターが無い。

この時点で午後5時ごろだった。まだ時間があるので、Kさんと近くのバーでギネスを飲む。私がソールズベリに行っている間、ギネスを飲んだりネット・カフェで時間をつぶしていたらしい。ライブに行く前に食事を済ませようとハンバーガーのチェーン店「バーガーキング」(Burger King)に入る。ポテトやドリンクの付いたセットで4ポンド近くだ。およそ1000円だから、やっぱりロンドンの物価は異様だ。食べ終わった後、KさんはDolores O’riordan(クランベリーズのメンバーだった人)のライブへ、私は昨日と同じくハンプトンコートへ向かう。昨日買ったヴァン・モリソンの顔が入ったTシャツを着替えて出発だ。

前日も行っていたので、ハンプトンコートまでは何も問題なく着く。それにしても今日は実に天気が良い。画像にも載せているが昨日とはまったく景色が違う。庭でくつろいでいる人の数も今日の方がはるかに多い。ブラブラしたり写真を撮っているうちに開演時間も近づいてきた。今日の席は昨日よりやや後ろの席であるが、多分これがヴァン・モリソンを生で観る最後の日だろう。そんなことを思いながら午後8時40分ちょうど、時間どおりにバンドが現れてライブの開始だ。

1曲目は昨日と変わらず、ハーモニカを吹きながらの”Wonderful Remark”だった。しかし、今日のヴァンの様子が違う。前日より明らかに声が出ている。調子が良いのはヴァンだけではない。この日のコーラス隊も”I Can’t Stop Loving You””Moondance”などで実に見事な歌を披露する。どうして3人もコーラスを入れたのか、その理由がこの日でわかったような気がした。”Bright Side Of The Road”あたりから前方左側にいるお客が踊り出す。アイリッシュ系の人なのかわからないが、観客の反応もすこぶる良かった。

また、特筆すべきはこの日の曲目である。”Magic Time””Real Real Gone””One Irish Rover””I’m Not Feeling It Anymore””Georgia On My Mind””Jackie Wilson Said”と、好きな曲がバンバン飛び出したのだからもう何も言うことはない。特に”Georgia On My Mind”は、レイ・チャールズを2曲も歌わないと思っていたから、嬉しい不意打ちだった。しかもその歌いっぷりには唸らされる。現存するシンガーの中でも最高峰であると感じるとてつもなく素晴らしいパフォーマンスだった。

といっても、ニール・ヤングのようには人を圧倒させる力を放つアーティストではない。具体的に説明するのは不可能だが、たとえばヴァンの伝記「魂の道のり」の中で作品解説をしている大鷹俊一氏が映像作品「ザ・コンサート」(90年)について、

「驚くべきことだがステージに流れる詩情は絶対に音だけでは味わえないもので、たぶんそれは不器用が服を着たヴァンが、歌うことだけにかけてきたからこそ醸し出されるものなのだ。」

と書いている。それは実際のステージにおいても有効な表現だった。CDで聴くような雰囲気がにじみ出てくる、といえばファンの方ならば伝わるだろうか。

そんな中でも、双眼鏡で時おりヴァンの表情を確認していた。いつ見ても笑顔は無く、目をつぶって顔を上げながら歌っている時もある。いったい彼は何を考えているのだろう。もはや目の前の観衆すらほとんど気をとめていないようにも思える。そんな姿を見ているうちに、もう彼は自分の手の届く範囲で歌っていればそれで満足なのではないか?という推測が私の中に浮かんだ。

海外に行く直前までヴァン・モリソンの最近の演奏曲目などいろいろ調べてみた。そうしているうちに、ヴァンが予想以上に勢力的に活動を続けていることがわかった。ほぼ毎月のようにライブをしているし、作品もずっと出し続けているのはファンならよくご存知の通りである。ただ、活動範囲はヨーロッパとアメリカに限定されているし、日本の聴き手にはそうした動きが実感として伝わらない。

ロンドンのCDショップを少し覗いたが、彼の作品はほとんど廃盤状態である。本国ですらそれほど大きな扱いはされていない。こんな状態ではヴァン本人も自分の残した作品の影響の大きさを自覚しようがないかもしれない。ただ、小さな会場を埋めるような観客がヨーロッパやアメリカではいくらでもいるのだし、わざわざ日本などでライブをしようという欲望も起きないのではないだろうか。ただ彼は誰に何と言われようと、自分の意志が続く限り、この世界のどこかでこれからも歌い続けていくのだろう。日本に来る時が果たして訪れるのだろうか、その願いだけは私も持ちつづけていきたい。

そんな私の思いなど知るよしも無いヴァンは、今夜も「Thank You」くらいしかMCもせず、最後に”グロリア”を歌いハーモニカを吹きながらステージを去っていった。

正直に告白するが、私は別に涙を流すことはなかった。たとえばニール・ヤング&ザ・クレイジーホースを初めて観たほどには感激しなかったのは事実である。色々な理由があったかもしれないが、私の中では最高のライブであったかは、いまの時点では断言できない状態である。しかし、”Georgia On My Mind”の歌うヴァンの姿、また”One Irish Rover”で「ウェイ、ウェイ、ウェイ・・・」と繰り返し歌っていた彼の表情を私は忘れることはないに違いない。そして、しばらく時間が経ってから、私がこの場所にいられたことがどれほど幸福だったか、身をもって知る瞬間が訪れるような気がする。

ライブが終わり宮殿をしばらくふらふらしていたら、眼鏡をかけた白人のおばあさんに、私の着ているTシャツはここで売ってるのか?と尋ねられる。売り場がどこにあるのか説明できずに困っていたら、近くにいた男性がおばあさんに説明してくれた。日付が変わる頃にホテルに戻る。明日でこの旅も終わりだ。

最後にネット拾った演奏曲目を示す。”Shake Your Money Maker”は、おそらくブルースのエルモア・ジェイムスの曲と思われる。

【演奏曲目】(カッコ内はヴァンの演奏した楽器)
(1)Wonderful Remark(ハーモニカ)
(2)Enlightenment (ハーモニカ)
(3)Magic Time(サックス)
(4)Have I Told You Lately (サックス)
(5)Real Real Gone/You Send Me(サックス)
(6)I Can’t Stop Loving You(ピアノ)
(7)Moondance(サックス)
(8)Saint. James Infirmary (サックス)
(9)Bright Side Of The Road
(10)Playhouse
(11)Cleaning Windows/Boppin’ The Blues/Be Bop A Lula
(12)One Irish Rover
(13)I’m Not Feeling It Anymore
(14)Georgia On My Mind
(15)Jackie Wilson Said(サックス)
(16)The Beauty Of The Days Gone By(アコースティック・ギター)
(17)Help Me/Shake Your Money Maker(サックス、ハーモニカ)
<アンコール>
(18)Brown Eyed Girl
(19)Gloria(ハーモニカ)

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