猛毒「これで終わりだと思ったら大間違いだ!」(92年)
2010年6月22日 CD評など
「ロック・クロニクル・ジャパンVol.2 1981-1999」(99年。音楽出版社)という邦楽のガイドブックで知り気になってはいたものの、長いあいだ買うのをためらっていたアルバムだ。そんな折、まだ高校生の女優・成海璃子が部屋に猛毒のCDが棚に置いてあったということを知る。そのとき私の頭の中のスイッチが入ってしまったようだ。そしてそのままアマゾンで注文をしてしまう。しかし廃盤となっているため、購入方法は出品者から注文という形しかなかった。安いところでも本体の価格は6800円で、配送料・手数料340円を含めると合計7140円もかかった。なぜこれだけのプレミアが付いているのかはそれなりに理由がある。そういう話も含めてアルバムについて色々と触れてみたい。
猛毒は1983年、神奈川県藤沢市の湘南学園中学校・高等学校の同級生で結成された「恐悪狂人団」を前身としている。それからバンド名を「毒」に変更し、さらに「猛毒」という名前となった。バンド後期の音楽スタイルはプログレなどの影響も出てくるらしいが、この1枚目のアルバムは基本的に「ハードコア・パンク」と言われるものである。そこにテレビ番組などのタレントの音源を(無許可で)挿入しているというものが多数を占める。
しかし音楽スタイルがどうということよりも、当時テレビで活躍していた「知名度が微妙なタレント」をおちょくった手法の方が目につくだろう。全79曲133分にわたり多くの芸能人、俳優、スポーツ選手などが槍玉に挙げられている。
ただ、80年代後半から90年代前半の日本を知らない人にとってはこの作品で有効なものはほとんど無いに違いない。平成生まれの人間でも笑えそうなものといええば、”関取”から”前頭三枚目”までの流れ、あとはガッツ石松の語りが入った”カンバック〜ガッツ石松...再び!!”くらいだろうか。だいたい曲名に入っているタレントの名前(ウイッキー、なべおさみ、金子信雄など)すらピンとこないだろう。そういうことを考えると、ほとんど普遍性が無い作品といえる。
悪い意味でまだ色褪せていないのは”中国残留孤児”や”はたらくくるま”など、差別ネタの類だろう。こういうものは「21世紀の今では笑って済ませられる」という状況になっていればまだ良かったのだが、さすがに現実はそうなっていない。こういうのを目の当たりにすると、差別というのは実に根深く残るものだと実感してしまう。
私がこのCDを買うのをずっとためらっていたのも、そんな差別ネタが多数入っていることを知っていたからだ。さきほど述べた「ロック・クロニクル・ジャパンVol.2」では行川和彦という人がこのアルバムを紹介しており、「いくつかの差別ネタは嫌いだが」(P.149)と良識ぶっているけれど、本当に良心のようなものがあるならば、そもそもこんなアルバムをガイドブックで紹介することはないだろう。こんなものを買ってしまった私は、行川のようには良識ぶるつもりはない。これを聴いて喜んでいるクズの皆さんとも晴れて仲間入りというわけだ。そして、自分の中にもそういうクズな部分があることを否定しない。
たとえば何もかもがうまくいかないような時に、絶対負けることのない弱い立場の人たちを罵倒して悦に入りたくなる気分は誰しもあるだろう。しかし大事なことはそのような気持ちを「自分は善人だからそんなことは思わない」などと誤摩化すのではなく、上手に付き合ってコントロールしていくことではないだろうか。
正式な日時は覚えていないが、以前「ニュースステーション」(テレビ朝日系)にU2のボノがゲストで出た時に彼が話していたことがいまでも印象に残っている。アイルランド人に話してはいけない話題が3つあるという。セックス、宗教、そして戦争がそれだ。しかし実際のアイルランド人はこの3つの話はどれも大好きである。ボノは語っていたのはそんな内容だったと記憶している。
この逸話というかジョークは、人間がどのような生き物であるか、ということの一面を鋭く突いた内容に思えてならない。先に挙げた3つの話はいずれも下世話なものであるけれど、同時に人間の本質に深く関わってくるものでもある。そしてこうした人間の根っこの部分を見据えなければ差別や偏見なども対処することはできないような気がする。
ところで、このアルバムを現在の視点から見れば「2ちゃんねるみたい」と指摘する人もいるかもしれない。確かに差別表現やタレントに対する誹謗中傷など共通するところもあるだろう。ただ、このアルバムが出た当時はインターネットという言葉も全く認知されてない時代で、もちろん「2ちゃんねる」のようなものも存在してなかった。今はキーボード1つで好き勝手な感想を地球上に放つことができるけれど、ネットが出てくる以前にそのような真似は物理的に不可能だった。
仲正昌樹(金沢大学法学類教授)さんは著書「ネット時代の反論術」(文春新書。2006年)の中で、ネット以前に自分の考えを公に発表するのがどれだけ大変だったかを示している部分がある。長い引用になるが非常にわかりややすい話なので読んでいただきたい。
左翼運動とは少しズレるが、「これで終わりだと思ったら大間違いだ!」も世に出すまではものすごい苦労をしている。問題だらけの内容のため、またアルバムジャケットは無許可でタレントの写真を使用しているため、いずれも国内で作ることができなかったのだ(ちなみにジャケットはビートルズの1967年の作品「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のパロディである)。CDプレスやジャケット印刷を韓国でおこなうことにより、自身のレーベル「殺害塩化ビニール」からようやく発売されたわけだ。内容が内容なのだから仕方ないとはいえ、そこまでしてリリースをしたエネルギーは尋常ではないと思う。
とりとめもなく書いてみたけれど、万人に薦められるような代物ではない。また音質もそれほど良くないし、個人的にも予想したほどには笑えなかった。ただ、自分の体の中に何かドス黒いものが流れているのを確認したい人、また以下に記す曲名を見て「おっ!」と思った方は購入してみても良いかもしれない。アマゾンをザッと見る限りではかなり値段は高いけれど、もう再発などとても望めない内容だからそれは致し方ない。
【Disc「猛」】
(1)口上
(2)ムツゴロウ
(3)H・I・R・O・M・I
(花とみつばち)
(4)ウィッキー’92
(5)関取
(6)横綱
(7)大関
(8)小結
(9)十両〜マスラオ
(10)前頭三枚目
(11)ほんとにほんとにご苦労ね(軍歌)
(12)ハッピーカムカム1
(13)ハッピーカムカム2
(14)猛毒のバイのバイのバイ
(15)丹古母鬼馬二
(16)E・Hエリック
(17)たんすをかついだアホだぬき
(18)張本
(19)マチャキ海をゆく
(20)中国残留孤児
(21)泥沼怒りのサル人間
(22)ほんとにほんとの佐野浅夫
(23)正味な話が横山やすし(競艇&ライジング)
(24)鮮血のキャメルクラッチ
(25)KCゴシゴシ夏みかん大王
(26)なべおさみかなぶん(こつぶっこ)
(27)金子信雄だけが楽しい夕食
(28)ビートきよしこの夜1
(29)ビートきよしこの夜2
(30)頑固おやじの目に涙
(31)鉄人A
(32)カンバック〜ガッツ石松…再び!!
(33)川谷拓三フリークス
(34)プロレスアワー"国際プロレス鎮魂歌"
(35)クロードチアリ
【 Disc「毒」】
(1)横浜ビブレMottaの奥山
(2)小松政夫Hoochie Koo
(3)はたらくくるま
(4)コーヒー豆とかりんとう
(5)坂上二郎のケツの穴
(6)金原二郎のケツの穴
(7)冠二郎のケツの穴
(8)轟二郎のケツの穴
(9)グローリーハレルヤ
(10)清川虹子
(11)高松しげお
(12)セントルイス
(13)青空球児・好児
(14)レッツゴー三匹の長作
(15)猛毒の英語塾
(16)サザエDEATH
(17)波平DEATH
(18)毒蝮
(19)続・川谷拓三
(20)神田川料理道場
(21)くいしん坊!万才
(22)どっきりカメラすべら〜ず
(23)マキマキ!
(24)ラビット関根
(25)ヒゲの綾田
(26)怒りの小金治’92
(27)荒勢の温泉がぶり寄り
(28)山本小鉄のあっ、ちょっとまって下さい!!
(29)ハーブカネヨン(大山のぶ代小唄)
(30)北島三郎さけ茶漬け(鼻穴最大男
)(31)デーブ・スペクター
(32)猛毒のほんとのほんとにご苦労さん
(33)新沼ちんば謙治
(34)100万円クイズハンター
(35)二瓶正也
(36)三波伸介の凹凸大学校
(37)お笑いマンガ道場
(38)マケーレブケン
(39)嗚呼…木村一家(前略横山やすし様)
(40)鉄人B
(41)笑点
(42)月月火水木金金
(43)Hey! Machinegun Joe The Fish
(44)GUTS DEATH(1st ソノシート「石松」より)
猛毒は1983年、神奈川県藤沢市の湘南学園中学校・高等学校の同級生で結成された「恐悪狂人団」を前身としている。それからバンド名を「毒」に変更し、さらに「猛毒」という名前となった。バンド後期の音楽スタイルはプログレなどの影響も出てくるらしいが、この1枚目のアルバムは基本的に「ハードコア・パンク」と言われるものである。そこにテレビ番組などのタレントの音源を(無許可で)挿入しているというものが多数を占める。
しかし音楽スタイルがどうということよりも、当時テレビで活躍していた「知名度が微妙なタレント」をおちょくった手法の方が目につくだろう。全79曲133分にわたり多くの芸能人、俳優、スポーツ選手などが槍玉に挙げられている。
ただ、80年代後半から90年代前半の日本を知らない人にとってはこの作品で有効なものはほとんど無いに違いない。平成生まれの人間でも笑えそうなものといええば、”関取”から”前頭三枚目”までの流れ、あとはガッツ石松の語りが入った”カンバック〜ガッツ石松...再び!!”くらいだろうか。だいたい曲名に入っているタレントの名前(ウイッキー、なべおさみ、金子信雄など)すらピンとこないだろう。そういうことを考えると、ほとんど普遍性が無い作品といえる。
悪い意味でまだ色褪せていないのは”中国残留孤児”や”はたらくくるま”など、差別ネタの類だろう。こういうものは「21世紀の今では笑って済ませられる」という状況になっていればまだ良かったのだが、さすがに現実はそうなっていない。こういうのを目の当たりにすると、差別というのは実に根深く残るものだと実感してしまう。
私がこのCDを買うのをずっとためらっていたのも、そんな差別ネタが多数入っていることを知っていたからだ。さきほど述べた「ロック・クロニクル・ジャパンVol.2」では行川和彦という人がこのアルバムを紹介しており、「いくつかの差別ネタは嫌いだが」(P.149)と良識ぶっているけれど、本当に良心のようなものがあるならば、そもそもこんなアルバムをガイドブックで紹介することはないだろう。こんなものを買ってしまった私は、行川のようには良識ぶるつもりはない。これを聴いて喜んでいるクズの皆さんとも晴れて仲間入りというわけだ。そして、自分の中にもそういうクズな部分があることを否定しない。
たとえば何もかもがうまくいかないような時に、絶対負けることのない弱い立場の人たちを罵倒して悦に入りたくなる気分は誰しもあるだろう。しかし大事なことはそのような気持ちを「自分は善人だからそんなことは思わない」などと誤摩化すのではなく、上手に付き合ってコントロールしていくことではないだろうか。
正式な日時は覚えていないが、以前「ニュースステーション」(テレビ朝日系)にU2のボノがゲストで出た時に彼が話していたことがいまでも印象に残っている。アイルランド人に話してはいけない話題が3つあるという。セックス、宗教、そして戦争がそれだ。しかし実際のアイルランド人はこの3つの話はどれも大好きである。ボノは語っていたのはそんな内容だったと記憶している。
この逸話というかジョークは、人間がどのような生き物であるか、ということの一面を鋭く突いた内容に思えてならない。先に挙げた3つの話はいずれも下世話なものであるけれど、同時に人間の本質に深く関わってくるものでもある。そしてこうした人間の根っこの部分を見据えなければ差別や偏見なども対処することはできないような気がする。
ところで、このアルバムを現在の視点から見れば「2ちゃんねるみたい」と指摘する人もいるかもしれない。確かに差別表現やタレントに対する誹謗中傷など共通するところもあるだろう。ただ、このアルバムが出た当時はインターネットという言葉も全く認知されてない時代で、もちろん「2ちゃんねる」のようなものも存在してなかった。今はキーボード1つで好き勝手な感想を地球上に放つことができるけれど、ネットが出てくる以前にそのような真似は物理的に不可能だった。
仲正昌樹(金沢大学法学類教授)さんは著書「ネット時代の反論術」(文春新書。2006年)の中で、ネット以前に自分の考えを公に発表するのがどれだけ大変だったかを示している部分がある。長い引用になるが非常にわかりややすい話なので読んでいただきたい。
私が大学に入った1981年頃、大きな大学にはまだ結構いた左翼運動の学生たちは、ビラを書いたり立て看板をつくったりしていました。公の場で人を批判するのがその目的です。その頃のビラの原稿は、まだ基本的に手書きで、読んでもらおうと思ったら結構きれいに書かないといけない。枡目にちゃんと入るようにしなければならない。しかも、ガリ板刷です。今のようにパソコンがあるわけではなく、小型の印刷機を使っていたので、紙が巻きついたりすると、大変でした。それを朝早く起きて、先生が来る前に、周りから白い目で見られながら、教室に配って回らなければいけない。立て看板をつくろうとしたら、簡単な大工仕事をして、ベニヤ板の上に模造紙を貼り、そのうえに、全体のバランスを取りながら、遠くからでも見てもらえるような字を書かねばなりません。学生運動の「プロ」だと、結構短時間で仕上げていたようですが、普通の学生だと丸一日を費やさないといけないわけです。不特定多数に向けて特定の人を非難するということはものすごく労力が要ることでした。かなり政治的に確信をもって運動をやっている人間でもない限りは、公然と他人を「批判」するということができなかったし、そもそもやる気が起こらなかったでしょう。それだけ労力と時間をかけて、「批判」するからには、未熟な左翼学生なりに、少しは周りの人に理解してもらえるように考えてから、表現していたはずです。(本書P.26-27)
左翼運動とは少しズレるが、「これで終わりだと思ったら大間違いだ!」も世に出すまではものすごい苦労をしている。問題だらけの内容のため、またアルバムジャケットは無許可でタレントの写真を使用しているため、いずれも国内で作ることができなかったのだ(ちなみにジャケットはビートルズの1967年の作品「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のパロディである)。CDプレスやジャケット印刷を韓国でおこなうことにより、自身のレーベル「殺害塩化ビニール」からようやく発売されたわけだ。内容が内容なのだから仕方ないとはいえ、そこまでしてリリースをしたエネルギーは尋常ではないと思う。
とりとめもなく書いてみたけれど、万人に薦められるような代物ではない。また音質もそれほど良くないし、個人的にも予想したほどには笑えなかった。ただ、自分の体の中に何かドス黒いものが流れているのを確認したい人、また以下に記す曲名を見て「おっ!」と思った方は購入してみても良いかもしれない。アマゾンをザッと見る限りではかなり値段は高いけれど、もう再発などとても望めない内容だからそれは致し方ない。
【Disc「猛」】
(1)口上
(2)ムツゴロウ
(3)H・I・R・O・M・I
(花とみつばち)
(4)ウィッキー’92
(5)関取
(6)横綱
(7)大関
(8)小結
(9)十両〜マスラオ
(10)前頭三枚目
(11)ほんとにほんとにご苦労ね(軍歌)
(12)ハッピーカムカム1
(13)ハッピーカムカム2
(14)猛毒のバイのバイのバイ
(15)丹古母鬼馬二
(16)E・Hエリック
(17)たんすをかついだアホだぬき
(18)張本
(19)マチャキ海をゆく
(20)中国残留孤児
(21)泥沼怒りのサル人間
(22)ほんとにほんとの佐野浅夫
(23)正味な話が横山やすし(競艇&ライジング)
(24)鮮血のキャメルクラッチ
(25)KCゴシゴシ夏みかん大王
(26)なべおさみかなぶん(こつぶっこ)
(27)金子信雄だけが楽しい夕食
(28)ビートきよしこの夜1
(29)ビートきよしこの夜2
(30)頑固おやじの目に涙
(31)鉄人A
(32)カンバック〜ガッツ石松…再び!!
(33)川谷拓三フリークス
(34)プロレスアワー"国際プロレス鎮魂歌"
(35)クロードチアリ
【 Disc「毒」】
(1)横浜ビブレMottaの奥山
(2)小松政夫Hoochie Koo
(3)はたらくくるま
(4)コーヒー豆とかりんとう
(5)坂上二郎のケツの穴
(6)金原二郎のケツの穴
(7)冠二郎のケツの穴
(8)轟二郎のケツの穴
(9)グローリーハレルヤ
(10)清川虹子
(11)高松しげお
(12)セントルイス
(13)青空球児・好児
(14)レッツゴー三匹の長作
(15)猛毒の英語塾
(16)サザエDEATH
(17)波平DEATH
(18)毒蝮
(19)続・川谷拓三
(20)神田川料理道場
(21)くいしん坊!万才
(22)どっきりカメラすべら〜ず
(23)マキマキ!
(24)ラビット関根
(25)ヒゲの綾田
(26)怒りの小金治’92
(27)荒勢の温泉がぶり寄り
(28)山本小鉄のあっ、ちょっとまって下さい!!
(29)ハーブカネヨン(大山のぶ代小唄)
(30)北島三郎さけ茶漬け(鼻穴最大男
)(31)デーブ・スペクター
(32)猛毒のほんとのほんとにご苦労さん
(33)新沼ちんば謙治
(34)100万円クイズハンター
(35)二瓶正也
(36)三波伸介の凹凸大学校
(37)お笑いマンガ道場
(38)マケーレブケン
(39)嗚呼…木村一家(前略横山やすし様)
(40)鉄人B
(41)笑点
(42)月月火水木金金
(43)Hey! Machinegun Joe The Fish
(44)GUTS DEATH(1st ソノシート「石松」より)
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