岐阜の「日本一幸せな会社」に古代ポリスを見る
2012年6月15日 お仕事本日Yahooのトップを見たら、
「社員が幸せな会社 創業者は」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120615-00000512-san-bus_all
という題名を見たので覗いてみると産経新聞6月15日(金)10時2分配信の記事だった。岐阜県にある「未来工業」の創業者・山田昭男(相談役)さんのインタビューが掲載されている。
未来工業は世間の企業とはあり方がかなり異なっており、
・営業のノルマ、残業は一切なし
・定年は70歳
・年間の休暇は有休休暇を除いても140日
・しかも全員が正社員
など、多くのサラリーマンが羨むような制度が溢れている。同社は昭和40年に5人で立ち上げたのがが現在は社員800人、売り上げ高は200億円、しかも創業以来「赤字なし」だという。
<--65歳の平社員の平均年収が約700万円とか、育児休暇3年(何度でも)とか、気前がいいですね>
という記者の質問に対して80歳の山田さんはこう答える。
<山田 社長の仕事というのはね、社員を幸せにして、「この会社のためにがんばろう」と思ってもらえるような『餅(インセンティブ)』を与えること。社員がヤル気を出して会社が儲(もう)かれば、分け前をまた『餅』にする。それだけだよ。バブル崩壊後、多くの会社が、正社員を派遣社員やアルバイトに切り替えてコストを下げようとしたでしょ。だけど、それで会社が儲かるようになったのか、って聞きたいですよ。人間(社員)を「コスト扱い」するな、ってね。>
後段の正社員うんぬんの話については同意しかねる。創業以来赤字なしの山田さんには人員削減をしてでもなんとか会社を継続させようという経営者の気持ちは理解しにくいのかもしれない。もしもそういう会社が無理に正社員雇用にこだわったとしたら、さらなる人員削減しかないではないか。また、派遣や契約やアルバイトといった雇用を生み出すこともなかっただろう。こうした雇用形態があったからこそ失業率が現状程度でとどまっていると捉えることもできる(正社員を維持していたら国内の経済状況が良くなっていた、などと誰が断言できるだろうか)。
未来工業についてちょっとネットで調べてみたら、テレビ東京系の番組「カンブリア宮殿」のページにぶつかった(未来工業は2011年1月20日放送分で紹介されたらしい)。
「カンブリア宮殿」のサイトはこちら。
http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/list/list20110120.html
そこには、
<誕生! 「考え抜く」は社員たち>
という項目があり、未来工業が社員にアイデアを出させる工夫が載っていた。
<実は未来工業では、毎日1、2個は新製品が誕生しているという。そのおかげで、シェアトップのスライドボックスだけでも85種類も作っているのだ。取り付け穴が2個しかなかったものを4個に改良するなど、常に何かしらの改良で新商品が生まれ続けている。そんな社内のあちこちに掲げられているのは「常に考える」という標語ーー山田氏曰く「大手と同じものを作っていては負けてしまう、考え続けて差別化しろ!」これが全社員に徹底されているのだ。例えば営業社員にノルマはないが、ユーザーを必死に訪ねては、製品開発の種を拾い続ける。その結果、開発部門には全国の営業から毎日10件程の要望や提案が寄せられ、新商品化にこぎつけるのだという。「コストがかかるからダメとかではなく、どうしたら売れるか、客が便利だと思うものを『考え』ればいいんです」 そして「考え抜く」ための社内制度…改善提案は、全て1件500円で買い取りを行い、毎年1万件近く集まる。>
未来工業を見て最も印象に残ったのが社員に対する異様な高待遇である。さまざまな報酬を与えてノルマも課さないようにしたら社員の意識が高くなって業績も上がる、というパッと見たら逆説としか思えない会社を支える原理とはなんだろう。そしてしばらく考えてみると、自分の中に一つの仮説ができた。
それは、
「お金や生活に心配がなくなれば仕事に集中できるのではないか」
というものだった。私がそんなことを考えたのは、ドイツの政治哲学者、ハンナ
・アーレントの論考を思い出したからである。「全体主義の起源」(1951年)や「人間の条件」(1958年)などの代表作があるアーレントの特徴の一つに、古代ギリシャの都市国家「ポリス」で展開された政治を理想にしていたことが挙げられる。
などとわかったような言ったものの、実はアーレントの著作をまともに読んだこともない。彼女の思想などについては仲正昌樹(金沢大学法学類教授)さんの著書「思想の死相」(07年。双風舎)のアーレントの項を参考にしている。仲正さんはアーレントについてこう解説している。
<彼女が理想とする「自由な政治」は、古代ギリシアのポリス、とくにアテネで展開していたような、一定の財産を持ち、家事・労働から解放されているーー「市民」たちが公共(public)の広場に集まっておこなう「討論」をモデルにしています。物理的な利害関係から「自由free」にならない限り、「人間」らしいまともな議論はできない、ということですね。>(P.73)
古代ギリシャはさまざまな思想や文化が花開いた時代であった。奴隷という非人間的な制度が存在したという問題はあったものの、一日一日を生きるのに必死になるような状態でなかったからこそ、人は読書とか学問とかに時間を費やす余裕ができたことも確かだろう。そういえば中国の故事にも「衣食足りて礼節を知る」というものがある。食うに困っている状況では良い発想など出てこない、というのは世界共通の話なのだろう。
このあたりのことを考えると、未来工業の方針もなかなか利にかなっているような気もしてきた。しかし、だからといってここの真似をするようなところが出てくるとは思えない。社員に大判ぶるまいできる会社など、今のこの国にはそうそう無いからである。
「社員が幸せな会社 創業者は」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120615-00000512-san-bus_all
という題名を見たので覗いてみると産経新聞6月15日(金)10時2分配信の記事だった。岐阜県にある「未来工業」の創業者・山田昭男(相談役)さんのインタビューが掲載されている。
未来工業は世間の企業とはあり方がかなり異なっており、
・営業のノルマ、残業は一切なし
・定年は70歳
・年間の休暇は有休休暇を除いても140日
・しかも全員が正社員
など、多くのサラリーマンが羨むような制度が溢れている。同社は昭和40年に5人で立ち上げたのがが現在は社員800人、売り上げ高は200億円、しかも創業以来「赤字なし」だという。
<--65歳の平社員の平均年収が約700万円とか、育児休暇3年(何度でも)とか、気前がいいですね>
という記者の質問に対して80歳の山田さんはこう答える。
<山田 社長の仕事というのはね、社員を幸せにして、「この会社のためにがんばろう」と思ってもらえるような『餅(インセンティブ)』を与えること。社員がヤル気を出して会社が儲(もう)かれば、分け前をまた『餅』にする。それだけだよ。バブル崩壊後、多くの会社が、正社員を派遣社員やアルバイトに切り替えてコストを下げようとしたでしょ。だけど、それで会社が儲かるようになったのか、って聞きたいですよ。人間(社員)を「コスト扱い」するな、ってね。>
後段の正社員うんぬんの話については同意しかねる。創業以来赤字なしの山田さんには人員削減をしてでもなんとか会社を継続させようという経営者の気持ちは理解しにくいのかもしれない。もしもそういう会社が無理に正社員雇用にこだわったとしたら、さらなる人員削減しかないではないか。また、派遣や契約やアルバイトといった雇用を生み出すこともなかっただろう。こうした雇用形態があったからこそ失業率が現状程度でとどまっていると捉えることもできる(正社員を維持していたら国内の経済状況が良くなっていた、などと誰が断言できるだろうか)。
未来工業についてちょっとネットで調べてみたら、テレビ東京系の番組「カンブリア宮殿」のページにぶつかった(未来工業は2011年1月20日放送分で紹介されたらしい)。
「カンブリア宮殿」のサイトはこちら。
http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/list/list20110120.html
そこには、
<誕生! 「考え抜く」は社員たち>
という項目があり、未来工業が社員にアイデアを出させる工夫が載っていた。
<実は未来工業では、毎日1、2個は新製品が誕生しているという。そのおかげで、シェアトップのスライドボックスだけでも85種類も作っているのだ。取り付け穴が2個しかなかったものを4個に改良するなど、常に何かしらの改良で新商品が生まれ続けている。そんな社内のあちこちに掲げられているのは「常に考える」という標語ーー山田氏曰く「大手と同じものを作っていては負けてしまう、考え続けて差別化しろ!」これが全社員に徹底されているのだ。例えば営業社員にノルマはないが、ユーザーを必死に訪ねては、製品開発の種を拾い続ける。その結果、開発部門には全国の営業から毎日10件程の要望や提案が寄せられ、新商品化にこぎつけるのだという。「コストがかかるからダメとかではなく、どうしたら売れるか、客が便利だと思うものを『考え』ればいいんです」 そして「考え抜く」ための社内制度…改善提案は、全て1件500円で買い取りを行い、毎年1万件近く集まる。>
未来工業を見て最も印象に残ったのが社員に対する異様な高待遇である。さまざまな報酬を与えてノルマも課さないようにしたら社員の意識が高くなって業績も上がる、というパッと見たら逆説としか思えない会社を支える原理とはなんだろう。そしてしばらく考えてみると、自分の中に一つの仮説ができた。
それは、
「お金や生活に心配がなくなれば仕事に集中できるのではないか」
というものだった。私がそんなことを考えたのは、ドイツの政治哲学者、ハンナ
・アーレントの論考を思い出したからである。「全体主義の起源」(1951年)や「人間の条件」(1958年)などの代表作があるアーレントの特徴の一つに、古代ギリシャの都市国家「ポリス」で展開された政治を理想にしていたことが挙げられる。
などとわかったような言ったものの、実はアーレントの著作をまともに読んだこともない。彼女の思想などについては仲正昌樹(金沢大学法学類教授)さんの著書「思想の死相」(07年。双風舎)のアーレントの項を参考にしている。仲正さんはアーレントについてこう解説している。
<彼女が理想とする「自由な政治」は、古代ギリシアのポリス、とくにアテネで展開していたような、一定の財産を持ち、家事・労働から解放されているーー「市民」たちが公共(public)の広場に集まっておこなう「討論」をモデルにしています。物理的な利害関係から「自由free」にならない限り、「人間」らしいまともな議論はできない、ということですね。>(P.73)
古代ギリシャはさまざまな思想や文化が花開いた時代であった。奴隷という非人間的な制度が存在したという問題はあったものの、一日一日を生きるのに必死になるような状態でなかったからこそ、人は読書とか学問とかに時間を費やす余裕ができたことも確かだろう。そういえば中国の故事にも「衣食足りて礼節を知る」というものがある。食うに困っている状況では良い発想など出てこない、というのは世界共通の話なのだろう。
このあたりのことを考えると、未来工業の方針もなかなか利にかなっているような気もしてきた。しかし、だからといってここの真似をするようなところが出てくるとは思えない。社員に大判ぶるまいできる会社など、今のこの国にはそうそう無いからである。
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