村上福之「ソーシャルもうええねん」(12年。Nanaブックス)
2012年12月2日 読書
「ソーシャルもうええねん」という一見すると時代に逆行するような、また挑発的にもとれるような題名の本書を手にとったのは、フリーで記者や編集の仕事をしている漆原直行さんが紹介していたのがきっかけだった。漆原さん自身「ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない」(12年。マイナビ新書)というある種の人たちに刺激を与えそうなタイトルの良書を書かれている。この2つの本に同じような空気を感じて「ソーシャルもうええねん」を買ってみようという気になった。
ただ、近所の書店には1冊も置いておらず、河原町のジュンク堂書店まで行ったら数冊置いてありそれを手に入れた。書店での流通はけっこう限られているようなので、ネットで買う方が確実で便利かと思われる。
本書は村上さんがこの5年間にブログで書いた内容を1冊の本にまとめたものである。私はこの本で村上さんを初めて知ったけれど、ブログの閲覧数が「計2200万ページビュー」(P.13)と書かれていて頭の中がクラっとくる。私など10年続けている日記は最近やっと28万に達したくらいなので、もう想像の域を超えている。
実際にそれだけの人が村上さんのブログを訪れる理由は何かといえば、まず一つにはSNSやソーシャル・ゲーム、そしてプログラムなど、ネットをしている人なら誰でも関心のある話題が現場の視点から書かれていることだろう。本書も半分以上がこうした内容で構成されている。
村上さんがプログラムを始めたのは恐ろしいほど早く、なんと8歳からである。しかも何でプログラムを作っていたかといえば「ファミリーベーシック」と知り、
「ファミリーベーシックかあ。なんかデパートでいじった記憶があったなあ。そういえばファミリーベーシックV3(ブイスリー)ってのもあったなあ、2コントローラーのマイクで、『ファミリベーシックぶいすりいいいいいいいいいい』、と叫ぶとハートができるやつ。ついに一度も触らなかったけど」
などと、彼と1歳しか年齢が違わない私はなんともいえない郷愁をおぼえてしまった。
ファミリーベーシックとは、ファミコンにキーボードをつけてゲームのプログラムを作るための別売り付属装置である。私の家にはなかったが、当時は本屋でゲームの攻略本と並んでファミリーベーシックでゲームを作るためのプログラムが載っている本も置いてあった記憶が微かに残っている。ゲームソフトを買ってもらえなかったので自分でゲームを作るしかなかった、とどこかのインタビューで村上さんは言っていた。そうした経験が現在の村上さんの素地を作り上げたのは間違いないだろう。彼にとっては、当時は市販のゲームソフトで遊べなかったという惨めな思い出に過ぎないかもしれないが。
それはともかく、ネットやプログラムの世界にはかなり疎い私としては本書に書かれている世界は実に面白かった。Twitterのフォロワー5000人は43ドル(約3800円)、Facebookの「いいね!」5000人分は199ドル(約1万6000円)で買えるという「ああ、やっぱり」と感じる話や、ケータイのゲームを利用している人にブルーワーカーや風俗店で働く人に多いようだという分析など「へえ、そうなんだ」という話が折り混ざっている。
そして村上さんのブログの優れている点は、下手をすれば専門用語が満載されて難しくなるこうした分野を実にやさしくコンパクトに文章でまとめていることだろう。この文書を書くにあたりネットでこの本を感想をザッと調べたところ、この毀誉褒貶の激しいテーマにおいて恐ろしいほど絶賛されている。そして「わかりやすい」、「読みやすい」という言葉がちらほら目についた。一見したら何の変哲もない文章に見えるかもしれない。だが、例えば勝吉章(株式会社プランセス社長)さんの「月1千万稼げる「売れる」秘訣は文章力だ!」(05年、ナツメ社)に書いているけれど、
<うまい文章とは「なんでもない文章」>(P.27)
のことなのである。私は個人的に「わかりやすさ」とか「伝わりやすさ」を自分なりに追求してきたけれど、村上さんの本を読んでそうした大事さを再認識した次第である。
「なんでもない」ことの素晴らしさを指摘するのは難しいけれど、例えば、
<僕はTwitterで1万人をフォローしている人はカッコ悪いと思っています。>(P.57)
と挑発的な書き出しをしても、
<そもそも1000人以上のフォローをすると、タイムラインがわけがわからなくなり、Twitterとして機能しません。>(P.62-63)
などと、きっちりした理由を後で述べている。それを読んで、
「そうだなあ。自分がフォローしているのは350人に満たないけど、30分くらいで50件はツイートが出て正直うっとうしいと感じるなあ。それが1万人だったら・・・」
などと、いちいち腑に落ちてくるのが上手いなと感じる。
ソーシャル関係以外の話は村上さんの仕事観や人生観が中心になっている。そしてこれが、文章もさることながら、私が本書に惹かれた一番の理由かもしれない。かなり自分と共振する部分があったからだ。
ネットについて言えば、
<ネットでは、あちこちで儲け話が飛び交ってますが、ウソも多いです。信用していいものと、信用してはいけないものを区別するためには、それなりに訓練が必要です。考えてください。ウソでも「100億円儲かっている!」と言うのはタダです。>(P.56)
<ネットにおける情報の受発信能力や検索はすさまじく強力で、有用です。僕もその恩恵を、きわめて受けています。しかしながら、ネットの技術が、かなり不安定な逆ピラミッドの上で動いていることは理解するべきです。ネットは原子力と同様、依存しすぎると大変なことになります。>(P.79-80)
などと、ネットの情報や機能を一方的に頼りにするのではなく批判的に付き合っていくことの重要性を強調している。12年ほど前はネットでかなり痛い思いをして距離を置いて利用している私としてもこれは全面的に支持したい考えだ。別にネットを全肯定/全否定するのではなく、自分なりに使いこなす方法を確立することが大事だろう。
そして仕事については、
<僕は、Webプログラミングは、漢字の書き方を覚えるのと大差ないと考えています。最初の最初は、「写して、書いて、覚える」しかありません。
(中略)
頭がいいかどうかより、最初の最初で、写経する根気があるかどうかのほうがはるかに重要です。>(P113-114)
<過剰な競争は最大のコストです。競争で向上する部分も多くありますが、不毛な価格競争になって消耗戦になることがあります。いかに競争しないかを考え抜くことが大事だと思っています。>(P.147)
こうした唸らさせる指摘が後半には満載である。特に、
・初めてプログラミングを覚えるためには「写経」しかない
・非コミュグラマーが独立するのに必要なたった2つの勇気
・「好きなことをやりなさい」と言う大人は無責任
・あとがき 個人の時代
の項は何度も読んで自分の頭に入れて実践していければと強く思った。
それにしても村上さんはこうした健全な感覚をどうやって身につけたのだろう。それは色々と想像はできるけれど、例えば、
<あんたが、会社なんか作ってうまいこといくわけあらへんやろ! ええか! アメリカンドリームなんかあらへんで!>(P.129-130)
などと無職だった時の村上さんに冷水を浴びせるようなことを言ったお母さんの存在などもあったのではないだろうか。確かに、お母さんのこの指摘は正しい。あるのかないのかわからない漠然とした希望を持っていても意味はないだろう。それよりも愚直に実行する行動力のほうがずっと大事だ。
それに関して村上さんは、自分が独立起業するのに必要だったのは2つの勇気だったと述べている。
それは、
nullなり適当な値をつっこんでコンパイルする勇気
プライドを捨てて、人に聞いたり、頼ったりする勇気
だという。特に一つ目はパッとはわからないことだろうが、これは実際に本書を手に取って確認していただきたい。これが理解すれば、どんなに困難な時代であっても生きるうえで大事なことはいつもそうは変わらないと感じていただけるような気がする。
本書は、これを紹介していた漆原さんの「ビジネス書はできる人はデキる人にはなれない」と並び、「ポスト3.11」時代を歩いていく人たちに様々な知見を与えてくれる1冊としておすすめしたい。
ただ、近所の書店には1冊も置いておらず、河原町のジュンク堂書店まで行ったら数冊置いてありそれを手に入れた。書店での流通はけっこう限られているようなので、ネットで買う方が確実で便利かと思われる。
本書は村上さんがこの5年間にブログで書いた内容を1冊の本にまとめたものである。私はこの本で村上さんを初めて知ったけれど、ブログの閲覧数が「計2200万ページビュー」(P.13)と書かれていて頭の中がクラっとくる。私など10年続けている日記は最近やっと28万に達したくらいなので、もう想像の域を超えている。
実際にそれだけの人が村上さんのブログを訪れる理由は何かといえば、まず一つにはSNSやソーシャル・ゲーム、そしてプログラムなど、ネットをしている人なら誰でも関心のある話題が現場の視点から書かれていることだろう。本書も半分以上がこうした内容で構成されている。
村上さんがプログラムを始めたのは恐ろしいほど早く、なんと8歳からである。しかも何でプログラムを作っていたかといえば「ファミリーベーシック」と知り、
「ファミリーベーシックかあ。なんかデパートでいじった記憶があったなあ。そういえばファミリーベーシックV3(ブイスリー)ってのもあったなあ、2コントローラーのマイクで、『ファミリベーシックぶいすりいいいいいいいいいい』、と叫ぶとハートができるやつ。ついに一度も触らなかったけど」
などと、彼と1歳しか年齢が違わない私はなんともいえない郷愁をおぼえてしまった。
ファミリーベーシックとは、ファミコンにキーボードをつけてゲームのプログラムを作るための別売り付属装置である。私の家にはなかったが、当時は本屋でゲームの攻略本と並んでファミリーベーシックでゲームを作るためのプログラムが載っている本も置いてあった記憶が微かに残っている。ゲームソフトを買ってもらえなかったので自分でゲームを作るしかなかった、とどこかのインタビューで村上さんは言っていた。そうした経験が現在の村上さんの素地を作り上げたのは間違いないだろう。彼にとっては、当時は市販のゲームソフトで遊べなかったという惨めな思い出に過ぎないかもしれないが。
それはともかく、ネットやプログラムの世界にはかなり疎い私としては本書に書かれている世界は実に面白かった。Twitterのフォロワー5000人は43ドル(約3800円)、Facebookの「いいね!」5000人分は199ドル(約1万6000円)で買えるという「ああ、やっぱり」と感じる話や、ケータイのゲームを利用している人にブルーワーカーや風俗店で働く人に多いようだという分析など「へえ、そうなんだ」という話が折り混ざっている。
そして村上さんのブログの優れている点は、下手をすれば専門用語が満載されて難しくなるこうした分野を実にやさしくコンパクトに文章でまとめていることだろう。この文書を書くにあたりネットでこの本を感想をザッと調べたところ、この毀誉褒貶の激しいテーマにおいて恐ろしいほど絶賛されている。そして「わかりやすい」、「読みやすい」という言葉がちらほら目についた。一見したら何の変哲もない文章に見えるかもしれない。だが、例えば勝吉章(株式会社プランセス社長)さんの「月1千万稼げる「売れる」秘訣は文章力だ!」(05年、ナツメ社)に書いているけれど、
<うまい文章とは「なんでもない文章」>(P.27)
のことなのである。私は個人的に「わかりやすさ」とか「伝わりやすさ」を自分なりに追求してきたけれど、村上さんの本を読んでそうした大事さを再認識した次第である。
「なんでもない」ことの素晴らしさを指摘するのは難しいけれど、例えば、
<僕はTwitterで1万人をフォローしている人はカッコ悪いと思っています。>(P.57)
と挑発的な書き出しをしても、
<そもそも1000人以上のフォローをすると、タイムラインがわけがわからなくなり、Twitterとして機能しません。>(P.62-63)
などと、きっちりした理由を後で述べている。それを読んで、
「そうだなあ。自分がフォローしているのは350人に満たないけど、30分くらいで50件はツイートが出て正直うっとうしいと感じるなあ。それが1万人だったら・・・」
などと、いちいち腑に落ちてくるのが上手いなと感じる。
ソーシャル関係以外の話は村上さんの仕事観や人生観が中心になっている。そしてこれが、文章もさることながら、私が本書に惹かれた一番の理由かもしれない。かなり自分と共振する部分があったからだ。
ネットについて言えば、
<ネットでは、あちこちで儲け話が飛び交ってますが、ウソも多いです。信用していいものと、信用してはいけないものを区別するためには、それなりに訓練が必要です。考えてください。ウソでも「100億円儲かっている!」と言うのはタダです。>(P.56)
<ネットにおける情報の受発信能力や検索はすさまじく強力で、有用です。僕もその恩恵を、きわめて受けています。しかしながら、ネットの技術が、かなり不安定な逆ピラミッドの上で動いていることは理解するべきです。ネットは原子力と同様、依存しすぎると大変なことになります。>(P.79-80)
などと、ネットの情報や機能を一方的に頼りにするのではなく批判的に付き合っていくことの重要性を強調している。12年ほど前はネットでかなり痛い思いをして距離を置いて利用している私としてもこれは全面的に支持したい考えだ。別にネットを全肯定/全否定するのではなく、自分なりに使いこなす方法を確立することが大事だろう。
そして仕事については、
<僕は、Webプログラミングは、漢字の書き方を覚えるのと大差ないと考えています。最初の最初は、「写して、書いて、覚える」しかありません。
(中略)
頭がいいかどうかより、最初の最初で、写経する根気があるかどうかのほうがはるかに重要です。>(P113-114)
<過剰な競争は最大のコストです。競争で向上する部分も多くありますが、不毛な価格競争になって消耗戦になることがあります。いかに競争しないかを考え抜くことが大事だと思っています。>(P.147)
こうした唸らさせる指摘が後半には満載である。特に、
・初めてプログラミングを覚えるためには「写経」しかない
・非コミュグラマーが独立するのに必要なたった2つの勇気
・「好きなことをやりなさい」と言う大人は無責任
・あとがき 個人の時代
の項は何度も読んで自分の頭に入れて実践していければと強く思った。
それにしても村上さんはこうした健全な感覚をどうやって身につけたのだろう。それは色々と想像はできるけれど、例えば、
<あんたが、会社なんか作ってうまいこといくわけあらへんやろ! ええか! アメリカンドリームなんかあらへんで!>(P.129-130)
などと無職だった時の村上さんに冷水を浴びせるようなことを言ったお母さんの存在などもあったのではないだろうか。確かに、お母さんのこの指摘は正しい。あるのかないのかわからない漠然とした希望を持っていても意味はないだろう。それよりも愚直に実行する行動力のほうがずっと大事だ。
それに関して村上さんは、自分が独立起業するのに必要だったのは2つの勇気だったと述べている。
それは、
nullなり適当な値をつっこんでコンパイルする勇気
プライドを捨てて、人に聞いたり、頼ったりする勇気
だという。特に一つ目はパッとはわからないことだろうが、これは実際に本書を手に取って確認していただきたい。これが理解すれば、どんなに困難な時代であっても生きるうえで大事なことはいつもそうは変わらないと感じていただけるような気がする。
本書は、これを紹介していた漆原さんの「ビジネス書はできる人はデキる人にはなれない」と並び、「ポスト3.11」時代を歩いていく人たちに様々な知見を与えてくれる1冊としておすすめしたい。
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