ボブ・ディランの来日公演のチケットが発売されたとき気になったのは、その売れ行きの鈍さだった。前回(2010年)は発売するやいなや完売し、出遅れた私は後で発表された追加公演を申し込んでなんとかライブを観ることができたのである。しかし今回は一般発売が開始してからもしばらくはチケットが「発売中」のままだった。札幌から福岡まで合わせて17公演は結果としてほぼ完売したけれど、大阪の初日(私が取った日)と2日目は当日券が売り出される。
人気が落ちただけだろう、と多くの方は思うに違いない。しかし、私はむしろファンの高齢化がまず頭に浮かんだ。mixiのコミュニティでは、Zepp(ディランが回るライブハウス)は嫌だ、という書き込みも見かける。ディラン自身も今年で73歳になるのだ。それを観る人の年齢層を考えると、ずっと立ち見をするライブハウスはかなり厳しい環境に違いない。実際、開演前や休憩中に気分が悪くなる人も出て係員が呼ばれている場面も何回かあった。
そこまでして行かなくても・・・と訝しがる人もいるだろう。だが、ディランがまた来日する保証などあるわけがないのだ。私としても、これが動くディランを観る最後の機会かもしれない、という思いで会場に臨んだ。
午後7時きっかりに会場が暗くなり開演である。整理番号は855番という半端な数字だったため適当に真ん中あたりに陣取っていたけれど、私のほぼ正面にディランが立っていた。表情もなんとか確認できるくらいの距離で、思いもよらず絶好の位置にいられたようである。
全国公演を回っている菅野ヘッケルさんのレポートを事前に読んでいたので、もう全体像はわかっていた。1曲目は”Things Have Changed”である。ライブ盤で聴いたことのある曲だが、アレンジも歌い方もそれとは全く異なるものに変化していた。事前に情報を知らなければ、にわかファンにはとても判別できないほどだ。
ディランは中央マイクスタンドと舞台右手のグランドピアノを曲によって行った来たりして歌うという具合である。前回(2010年)はまだギターを持つ場面もあったけれど、今回はついに一度も手にすることがなかった。マイクスタンドに右手を添えて仁王立ちで歌いハーモニカを時おり吹くという感じだが、動きは前より少なくなった気がする。
しかしその一方、歌に集中しているというか、ものすごく丁寧に歌っていると感じた。
「え?丁寧?あのガラガラ声で、お経のようにダラダラと歌っていて、どこに飛んでいくかわからないような歌い方のどこが丁寧なの?」
初めてライブを観た方はそう感じたかもしれない。確かに表面上はあんな声をしているもの、真面目に聴いてみればそんなに不明瞭で崩れた歌い方はしていないことはわかるはずだ。多種多様な歌詞や歌い方を組み合わせて複雑な世界を構築していくのがディランの真骨頂といえる。その辺りに私が気づいたのは最近のことだけれど。
演奏についてもロックやポップスのライブとしては控えめな印象を受けたが、それもディランの歌を際立たせる配慮をしてのものだろう。
ライブの冒頭でパッと感じた印象は、
「大阪にしては、お客がそんなに盛り上がってないなあ」
というものだった。01年や10年の時は1曲ごとに歓声が上がっていたような気もするが、私の周りではそれほどでもなかった。昔の曲を演奏する比率もかなり減ったとかその辺の事情もあるのかと勘ぐったけれど、実はそんなことではなかったとすぐに気づく。
とにかく、ディランを観る観客のまなざしが真剣なのである。
ムダに奇声を発したり安易に手拍子を送ったりはしない。今回設けられた途中の休憩時間でも誰一人動こうとしない。ディランの一挙手一投足を見逃すまいとするその姿勢は胸を打たれるものがあった。
私自身も、
「そうだよな・・・自分にとっても生で観る最後のディランになるかもしれないしな」
と心を改めて、集中力を切らさない限りずっとステージを観ていた。ここまで真面目にライブを観るのも久しぶりな気がする。
演奏曲目については、ほとんどが90年代後半以降のものである。60年代および70年代の曲はあわせて5曲しか披露していない。またアンコールは”見張り塔からずっと”と”風に吹かれて”だが、この2曲もまた凄まじいくらいにまでアレンジが変化している。そんな状態なので、過去の作品を予習してきたような方は思いっきり期待を裏切られる内容に違いない。
しかし、かつての楽曲を安易に再生産するような姿勢だったら、ディランはとっくの昔に過去の遺物と化していただろう。そんな真似をしなかったからこそ、デビュー50年を超えた現在でもライブで極東の地でこれだけお客が集まるというわけだ。
全てのライブが終わった時は、午後9時を回っていた.実に2時間のライブである。ヘッケルさんのレポートによればディランはだいぶ機嫌が良かったようで、観客に向かって6度もお辞儀をしてから去っていったらしい(最後の方はステージが見えずそのあたりは確認できなかった)。
今夜観られたのは、まぎれもなく2014年の最前線に立つミュージシャンの一人であった。次があるという保証など何もない。無いのだけれど、また最新型のボブ・ディランを観る機会が欲しい。会場で買ったパンフレットを抱えながら、そんな思いをともに家路に着いた。最後にヘッケルさんのページにあった曲目を載せておく。
【演奏曲目】
1.Things Have Changed シングス・ハヴ・チェンジド (Bob center stage)
(『Wonder Boys"(OST)』 2001/『DYLAN(2007)』他)
2.She Belongs to Me シー・ビロングズ・トゥ・ミー (Bob center stage with harp)
(『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム/Bringing It All Back Home』 1965)
3.Beyond Here Lies Nothin’ ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシング(Bob on grand piano)
(『トゥゲザー・スルー・ライフ/Together Through Life』2009)
4.Workinman’s Blues #2 ワーキングマンズ・ブルース #2 (bob center stage)(『モダン・タイムス/Modern Times』2006)
5.Waiting For You ウェイティング・フォー・ユー (Bob on grand piano)
(『ヤァヤァ・シスターズの聖 なる秘密 Divine Secrets of the Ya-Ya Sisterhood』 2003)
6.Duquesne Whistle デューケイン・ホイッスル(Bob on grand piano)
(『テンペスト/Tempest』 2012)
7.Pay in Blood ペイ・イン・ブラッド (Bob center stage)
(『テンペスト/Tempest』 2012)
8.Tangled Up in Blue ブルーにこんがらがって (Bob center stage then on grand piano)
(『血の轍/Blood on the Tracks』1975)
9.Love Sick ラヴ・シック (Bob on center stage with harp)
(『タイム・アウト・オブ・マインド/Time Out of Mind』 1997)
(20分の休憩)
10.High Water (For Charley Patton) ハイ・ウォーター(フォー・チャーリー・パットン)(Bob center stage)
(『ラヴ・アンド・セフト/Love and Theft』2001)
11.Simple Twist of Fate 運命のひとひねり(Bob center stage with harp)
(『血の轍/Blood on the Tracks』1975)
12.Early Roman Kings アーリー・ローマン・キングズ (Bob on grand piano)
(『テンペスト/Tempest』 2012)
13.Forgetful Heart フォゲットフル・ハート (Bob center stage with harp)
(『トゥゲザー・スルー・ライフ/Together Through Life』2009)
14.Spirit on the Water スピリット・オン・ザ・ウォーター (Bob on grand piano)
(『モダン・タイムス/Modern Times』2006)
15.Scarlet Town スカーレット・タウン (Bob center stage)
(『テンペスト/Tempest』 2012)
16.Soon after Midnight スーン・アフター・ミッドナイト (Bob on grand piano)
(『テンペスト/Tempest』 2012)
17.Long and Wasted Years ロング・アンド・ウェイステッド・イヤーズ(Bob center stage)
(『テンペスト/Tempest』 2012)
(アンコール)
18.All Along the Watchtower 見張塔からずっと
(『ジョン・ウェズリー・ ハーディング/John Wesley Harding』1967年)
19.Blowin in the wind/風に吹 かれて
(『フリーホイーリン・ボ ブ・ディラン/The Freewheelin’ Bob Dylan』1963年)
人気が落ちただけだろう、と多くの方は思うに違いない。しかし、私はむしろファンの高齢化がまず頭に浮かんだ。mixiのコミュニティでは、Zepp(ディランが回るライブハウス)は嫌だ、という書き込みも見かける。ディラン自身も今年で73歳になるのだ。それを観る人の年齢層を考えると、ずっと立ち見をするライブハウスはかなり厳しい環境に違いない。実際、開演前や休憩中に気分が悪くなる人も出て係員が呼ばれている場面も何回かあった。
そこまでして行かなくても・・・と訝しがる人もいるだろう。だが、ディランがまた来日する保証などあるわけがないのだ。私としても、これが動くディランを観る最後の機会かもしれない、という思いで会場に臨んだ。
午後7時きっかりに会場が暗くなり開演である。整理番号は855番という半端な数字だったため適当に真ん中あたりに陣取っていたけれど、私のほぼ正面にディランが立っていた。表情もなんとか確認できるくらいの距離で、思いもよらず絶好の位置にいられたようである。
全国公演を回っている菅野ヘッケルさんのレポートを事前に読んでいたので、もう全体像はわかっていた。1曲目は”Things Have Changed”である。ライブ盤で聴いたことのある曲だが、アレンジも歌い方もそれとは全く異なるものに変化していた。事前に情報を知らなければ、にわかファンにはとても判別できないほどだ。
ディランは中央マイクスタンドと舞台右手のグランドピアノを曲によって行った来たりして歌うという具合である。前回(2010年)はまだギターを持つ場面もあったけれど、今回はついに一度も手にすることがなかった。マイクスタンドに右手を添えて仁王立ちで歌いハーモニカを時おり吹くという感じだが、動きは前より少なくなった気がする。
しかしその一方、歌に集中しているというか、ものすごく丁寧に歌っていると感じた。
「え?丁寧?あのガラガラ声で、お経のようにダラダラと歌っていて、どこに飛んでいくかわからないような歌い方のどこが丁寧なの?」
初めてライブを観た方はそう感じたかもしれない。確かに表面上はあんな声をしているもの、真面目に聴いてみればそんなに不明瞭で崩れた歌い方はしていないことはわかるはずだ。多種多様な歌詞や歌い方を組み合わせて複雑な世界を構築していくのがディランの真骨頂といえる。その辺りに私が気づいたのは最近のことだけれど。
演奏についてもロックやポップスのライブとしては控えめな印象を受けたが、それもディランの歌を際立たせる配慮をしてのものだろう。
ライブの冒頭でパッと感じた印象は、
「大阪にしては、お客がそんなに盛り上がってないなあ」
というものだった。01年や10年の時は1曲ごとに歓声が上がっていたような気もするが、私の周りではそれほどでもなかった。昔の曲を演奏する比率もかなり減ったとかその辺の事情もあるのかと勘ぐったけれど、実はそんなことではなかったとすぐに気づく。
とにかく、ディランを観る観客のまなざしが真剣なのである。
ムダに奇声を発したり安易に手拍子を送ったりはしない。今回設けられた途中の休憩時間でも誰一人動こうとしない。ディランの一挙手一投足を見逃すまいとするその姿勢は胸を打たれるものがあった。
私自身も、
「そうだよな・・・自分にとっても生で観る最後のディランになるかもしれないしな」
と心を改めて、集中力を切らさない限りずっとステージを観ていた。ここまで真面目にライブを観るのも久しぶりな気がする。
演奏曲目については、ほとんどが90年代後半以降のものである。60年代および70年代の曲はあわせて5曲しか披露していない。またアンコールは”見張り塔からずっと”と”風に吹かれて”だが、この2曲もまた凄まじいくらいにまでアレンジが変化している。そんな状態なので、過去の作品を予習してきたような方は思いっきり期待を裏切られる内容に違いない。
しかし、かつての楽曲を安易に再生産するような姿勢だったら、ディランはとっくの昔に過去の遺物と化していただろう。そんな真似をしなかったからこそ、デビュー50年を超えた現在でもライブで極東の地でこれだけお客が集まるというわけだ。
全てのライブが終わった時は、午後9時を回っていた.実に2時間のライブである。ヘッケルさんのレポートによればディランはだいぶ機嫌が良かったようで、観客に向かって6度もお辞儀をしてから去っていったらしい(最後の方はステージが見えずそのあたりは確認できなかった)。
今夜観られたのは、まぎれもなく2014年の最前線に立つミュージシャンの一人であった。次があるという保証など何もない。無いのだけれど、また最新型のボブ・ディランを観る機会が欲しい。会場で買ったパンフレットを抱えながら、そんな思いをともに家路に着いた。最後にヘッケルさんのページにあった曲目を載せておく。
【演奏曲目】
1.Things Have Changed シングス・ハヴ・チェンジド (Bob center stage)
(『Wonder Boys"(OST)』 2001/『DYLAN(2007)』他)
2.She Belongs to Me シー・ビロングズ・トゥ・ミー (Bob center stage with harp)
(『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム/Bringing It All Back Home』 1965)
3.Beyond Here Lies Nothin’ ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシング(Bob on grand piano)
(『トゥゲザー・スルー・ライフ/Together Through Life』2009)
4.Workinman’s Blues #2 ワーキングマンズ・ブルース #2 (bob center stage)(『モダン・タイムス/Modern Times』2006)
5.Waiting For You ウェイティング・フォー・ユー (Bob on grand piano)
(『ヤァヤァ・シスターズの聖 なる秘密 Divine Secrets of the Ya-Ya Sisterhood』 2003)
6.Duquesne Whistle デューケイン・ホイッスル(Bob on grand piano)
(『テンペスト/Tempest』 2012)
7.Pay in Blood ペイ・イン・ブラッド (Bob center stage)
(『テンペスト/Tempest』 2012)
8.Tangled Up in Blue ブルーにこんがらがって (Bob center stage then on grand piano)
(『血の轍/Blood on the Tracks』1975)
9.Love Sick ラヴ・シック (Bob on center stage with harp)
(『タイム・アウト・オブ・マインド/Time Out of Mind』 1997)
(20分の休憩)
10.High Water (For Charley Patton) ハイ・ウォーター(フォー・チャーリー・パットン)(Bob center stage)
(『ラヴ・アンド・セフト/Love and Theft』2001)
11.Simple Twist of Fate 運命のひとひねり(Bob center stage with harp)
(『血の轍/Blood on the Tracks』1975)
12.Early Roman Kings アーリー・ローマン・キングズ (Bob on grand piano)
(『テンペスト/Tempest』 2012)
13.Forgetful Heart フォゲットフル・ハート (Bob center stage with harp)
(『トゥゲザー・スルー・ライフ/Together Through Life』2009)
14.Spirit on the Water スピリット・オン・ザ・ウォーター (Bob on grand piano)
(『モダン・タイムス/Modern Times』2006)
15.Scarlet Town スカーレット・タウン (Bob center stage)
(『テンペスト/Tempest』 2012)
16.Soon after Midnight スーン・アフター・ミッドナイト (Bob on grand piano)
(『テンペスト/Tempest』 2012)
17.Long and Wasted Years ロング・アンド・ウェイステッド・イヤーズ(Bob center stage)
(『テンペスト/Tempest』 2012)
(アンコール)
18.All Along the Watchtower 見張塔からずっと
(『ジョン・ウェズリー・ ハーディング/John Wesley Harding』1967年)
19.Blowin in the wind/風に吹 かれて
(『フリーホイーリン・ボ ブ・ディラン/The Freewheelin’ Bob Dylan』1963年)
コメント