ヴァン・モリソン「デュエッツ:リワーキング・ザ・カタログ」(15年)
2015年3月28日 CD評など
ヴァン・モリソンが久しぶりに新作を出すというニュースを知ったのは今年に入ってからだろうか。しかし題名は「Duets」という名前で、察するに他のアーティストとのデュエットをする企画盤のようだ。この人はいつまで経っても来日しないまま、ついに今年で70歳を迎えようとしている。もはや絶望的だしこちらから観に行ってやろうと思い立ち渡英したのは2007年である。しかしそれからもすでに8年が経過したことになる。もう好きなことをしていられたら彼は満足なのだろう。それゆえ本作についても、
「まあ、好きにしたらいいさ。ただ企画盤だし、絶対に買いはするけど、そんなに繰り返して聴くこともないだろうなあ」
などと発売直前までは鷹揚な態度で構えていた。
そんな思いが少し変わったのは、You Tubeでマイケル・ブーブレとの“Real Real Gone”を最初に聴いたあたりだったと思う。何やらいつにも増して元気の良い歌声をしているモリソンの姿がそこにあったからだ。バックの音も心なしか力強く感じる。
Van Morrison, Michael Bublé - Real Real Gone
https://www.youtube.com/watch?v=pRDHApDmTuI
「これはけっこう期待できるかもしれない」
そしてまたしばらくすると、なんと「ローリング・ストーン」のサイトでアルバム収録曲を全て視聴できるというのである。いつになく気合いのこもった試みである。たいがいはこういうのを無視して現物のCDが聴くまで放っておく人間なのだが、ここで2曲、3曲と聴き続け、最終的には全16曲を制覇してしまった。
そして心地よい疲れと満足感の中に浸りながら、
「今回は個人的に、21世紀最高の作品だ」
という確信を得るまでになる。
さきほどの「ローリング・ストーン」のサイトで、本作はモリソンの敬愛するミュージシャンと共演して自身の曲を歌うという他に、彼の長いキャリアの中でもあまり知られていない楽曲を取り上げるという意もあったことが触れられている。アルバムに収録されている曲は確かに熱心なファンしか知らない曲ばかりだ。シングルになったかどうかまでは確かめられないが、少なくとも「ヒット曲」というのは1つも収められていない。
今から20年ほど前に「ノー・プリマドンナ」(94年)というモリソンのトリビュート・アルバムが発売された。しかしそのプロデュースをしたのは当のモリソン本人である。トリビュート・アルバムを対象となる人間が監修するというのはなんとも彼の偏屈さを伝えて余りあるものだが、今回についても「企画盤」などという表面的な形を超えて彼の強い意向が出ている作品である。
選曲については、You Tubeで観たインタビューを確認する限りはモリソン本人が選んだり先方の意見も反映されたりと色々だったらしい。
ヴァン・モリソン『デュエッツ:リワーキング・ザ・カタログ』インタビュー(日本語字幕付)
https://www.youtube.com/watch?v=TLIsPGRRbwM
しかし、今回選ばれた楽曲の数々については本当に唸らされるものがある。「安息の旅」(77年)、「コモン・ワン」(80年)、「時の流れに」(83年)など、これまでお世辞にも積極的な評価がされたとはいえない、またよほど熱心なファン以外は聴きこんでいないアルバムから取り上げられているのだ。21世紀以降の作品からも4曲(つまり、全体の4分の1だ)入っているのも特徴的だろう。「リメイク」という言葉には過去の焼き直しというような後ろ向きの印象を受けるのが常であるが、本作に関しては作者の意地やこだわりを嫌でも感じとってしまう。
私自身も、例えば「コモン・ワン」など15分以上の曲が2曲ある異色作であり、1枚を通して聴いた記憶もない。だが今回をきっかけに過去の作品をパソコンに取り入れることにした。別に彼の音楽に飽きたというのとは違うが、やはり20年もファンをしていたらダレるというような状態になってしまうのは避けられない。しかし本作はそうした私の気持ちを正すような役割を果たすことになった。
本作を聴いて再認識したのは、いつも同じことを言っているような気がするが、彼の音楽が持つ変わらぬ力強さや生命力である。ビートルズと同じ頃に活動を始め、ロックだのパンクだのテクノだのといった時代の波に全く流されることなく現在まで一貫して守り続けた彼の音楽性は、もはや人間国宝とか天然記念物といってもいいくらい尊いものだ。それはヒットしたとかシングルになったとかいった話とは、一切関係がない。本作はそうしたことに改めて気づかされることとなった。
作品の聴きこみ方や個々の楽曲についての思い入れはファンそれぞれなのだが、個人的には“Carrying A Torch”、“These Are The Days”、“Streets Of Arklow”あたりの再演は「すごくわかる!」と激しく同意したくなった。これらの楽曲が現在のモリソンの声で聴けるというのは本当に嬉しい驚きである。
Van Morrison, Clare Teal - Carrying A Torch (Audio)
https://www.youtube.com/watch?v=SrbFG1BzUbo
Van Morrison -These are the Days- (feat. Natalie Cole)
https://www.youtube.com/watch?v=cqYmvn2dBh0
Van Morrison -Streets of Arklow- (feat. Mick Hucknall)
https://www.youtube.com/watch?v=pw4v98Wynw8
1曲1曲を聴きながら、
「私はこの人は心の底から好きなんだなあ・・・」
と、しみじみ実感しているところである。初めて彼のライブを観た時に、現存する歌手の中で最高峰、などと日記で書いた記憶があるがその思いは今も変わらない。
多彩なゲストについても詳しく触れなければならないのだが、私の知識で書けるようなことはあまりない(ジョージ・ベンソンという人は初めて名前を知った。私のレベルはその程度である)。ただ、いわゆる「ロック」というジャンルからは距離のある人が大半なのはやはりモリソンらしい。
一番感じたのは、ゲストの力によっていつもの彼のアルバムよりも開放感のようなものが強いということである。ヴァン・モリソンは(その人間性はともかくとして)音楽に排他的なものがあると感じたことは一切ない。しかし、本作を聴いているとやはり商業性や大衆性という要素は薄めな人なのかもしれない、という思いも頭に少しよぎった。マイケル・ブーブレとの共演などすごく典型的で、シングル曲にもなりそうなほどの勢いや明るさがある。そうした空気が本作独自の魅力の一つかもしれない。
私が今回もっとも望んでいるのは、マイケル・ブーブレでもジョス・ストーンでもスティーヴ・ウィンウッドでも構わないのだが、彼らのファンがこれをきっかけに本作そしてモリソンの音楽に触れてもらえたらということだ。
解説を書いている大鷹俊一さんも、
<正直言って、今からヴァンの作品を聴こうとするのはなかなか大変だ。ファンの人にお薦めを聞いて、何枚ものアルバムを挙げられ途方に暮れたなんて人もいえるかもしれない。そうした人にとってもこのアルバムはとてもいい入り口にもなっていると言える。>
と書かれているけれど、それは私も同じ思いである。残念ながら“グロリア”や“ムーンダンス”など代表曲が一切ないのが入門編としては厳しいが、それは「ベスト・オブ・ヴァン・モリソン」(90年)が最も手頃なものになっている。
70歳のじいさんでしょう?と年齢とか衰えを気にする方もいるかもしれない。しかし、それはこの人にとっては全く関係ないことを、実際に聴いてみれば気づくはずだ。好き嫌いはもう仕方ないが、本作を聴けば何がしか感じるものがあると信じている。私は20年程度しかファン歴は無いけれど、ある程度は参考情報にしていただければと思う。
必要なことはとりあえず書いてみた。あとは最後に自分の正直な思いを吐き出して締めたい。
今日まで生きてきて、本当に良かった。これを聴くことができたのだから。
You Tubeで個々の楽曲は聴けるので、全て載せておく。
Van Morrison -Some Peace of Mind- (feat. Bobby Womack)
https://www.youtube.com/watch?v=kQ8rxABCRYM
Van Morrison -Lord, If I Ever Needed Someone- (feat. Mavis Staples)
https://www.youtube.com/watch?v=PHDWn7rY9cA
Van Morrison -Higher Than the World- (feat. George Benson)
https://www.youtube.com/watch?v=9oRONTzpZW8
Van Morrison -Wild Honey- (feat. Joss Stone)
https://www.youtube.com/watch?v=YnMq7QXqnoM
Van Morrison -Whatever Happened to P.J. Proby- (feat. P.J. Proby)
https://www.youtube.com/watch?v=eKfd7i1NIEA
Van Morrison -The Eternal Kansas City- (feat. Gregory Porter)
https://www.youtube.com/watch?v=k5B-VKLUm2Y
Van Morrison -Get on With the Show- (feat. Georgie Fame)
https://www.youtube.com/watch?v=kGPBEEOmCBU
Van Morrison -Rough God Goes Riding- (feat. Shana Morrison)
https://www.youtube.com/watch?v=u6RfxHHz4uY
Van Morrison -Fire in the Belly- (feat. Steve Winwood)
https://www.youtube.com/watch?v=aH9R0KN7y5s
Van Morrison -Born to Sing- (feat. Chris Farlowe)
https://www.youtube.com/watch?v=snQOD_UgqX4
Van Morrison -Irish Heartbeat- (feat. Mark Knopfler)
https://www.youtube.com/watch?v=drUkTkQB70I
Van Morrison -How Can a Poor Boy- (feat. Taj Mahal)
https://www.youtube.com/watch?v=8D9CuksR2iY
「まあ、好きにしたらいいさ。ただ企画盤だし、絶対に買いはするけど、そんなに繰り返して聴くこともないだろうなあ」
などと発売直前までは鷹揚な態度で構えていた。
そんな思いが少し変わったのは、You Tubeでマイケル・ブーブレとの“Real Real Gone”を最初に聴いたあたりだったと思う。何やらいつにも増して元気の良い歌声をしているモリソンの姿がそこにあったからだ。バックの音も心なしか力強く感じる。
Van Morrison, Michael Bublé - Real Real Gone
https://www.youtube.com/watch?v=pRDHApDmTuI
「これはけっこう期待できるかもしれない」
そしてまたしばらくすると、なんと「ローリング・ストーン」のサイトでアルバム収録曲を全て視聴できるというのである。いつになく気合いのこもった試みである。たいがいはこういうのを無視して現物のCDが聴くまで放っておく人間なのだが、ここで2曲、3曲と聴き続け、最終的には全16曲を制覇してしまった。
そして心地よい疲れと満足感の中に浸りながら、
「今回は個人的に、21世紀最高の作品だ」
という確信を得るまでになる。
さきほどの「ローリング・ストーン」のサイトで、本作はモリソンの敬愛するミュージシャンと共演して自身の曲を歌うという他に、彼の長いキャリアの中でもあまり知られていない楽曲を取り上げるという意もあったことが触れられている。アルバムに収録されている曲は確かに熱心なファンしか知らない曲ばかりだ。シングルになったかどうかまでは確かめられないが、少なくとも「ヒット曲」というのは1つも収められていない。
今から20年ほど前に「ノー・プリマドンナ」(94年)というモリソンのトリビュート・アルバムが発売された。しかしそのプロデュースをしたのは当のモリソン本人である。トリビュート・アルバムを対象となる人間が監修するというのはなんとも彼の偏屈さを伝えて余りあるものだが、今回についても「企画盤」などという表面的な形を超えて彼の強い意向が出ている作品である。
選曲については、You Tubeで観たインタビューを確認する限りはモリソン本人が選んだり先方の意見も反映されたりと色々だったらしい。
ヴァン・モリソン『デュエッツ:リワーキング・ザ・カタログ』インタビュー(日本語字幕付)
https://www.youtube.com/watch?v=TLIsPGRRbwM
しかし、今回選ばれた楽曲の数々については本当に唸らされるものがある。「安息の旅」(77年)、「コモン・ワン」(80年)、「時の流れに」(83年)など、これまでお世辞にも積極的な評価がされたとはいえない、またよほど熱心なファン以外は聴きこんでいないアルバムから取り上げられているのだ。21世紀以降の作品からも4曲(つまり、全体の4分の1だ)入っているのも特徴的だろう。「リメイク」という言葉には過去の焼き直しというような後ろ向きの印象を受けるのが常であるが、本作に関しては作者の意地やこだわりを嫌でも感じとってしまう。
私自身も、例えば「コモン・ワン」など15分以上の曲が2曲ある異色作であり、1枚を通して聴いた記憶もない。だが今回をきっかけに過去の作品をパソコンに取り入れることにした。別に彼の音楽に飽きたというのとは違うが、やはり20年もファンをしていたらダレるというような状態になってしまうのは避けられない。しかし本作はそうした私の気持ちを正すような役割を果たすことになった。
本作を聴いて再認識したのは、いつも同じことを言っているような気がするが、彼の音楽が持つ変わらぬ力強さや生命力である。ビートルズと同じ頃に活動を始め、ロックだのパンクだのテクノだのといった時代の波に全く流されることなく現在まで一貫して守り続けた彼の音楽性は、もはや人間国宝とか天然記念物といってもいいくらい尊いものだ。それはヒットしたとかシングルになったとかいった話とは、一切関係がない。本作はそうしたことに改めて気づかされることとなった。
作品の聴きこみ方や個々の楽曲についての思い入れはファンそれぞれなのだが、個人的には“Carrying A Torch”、“These Are The Days”、“Streets Of Arklow”あたりの再演は「すごくわかる!」と激しく同意したくなった。これらの楽曲が現在のモリソンの声で聴けるというのは本当に嬉しい驚きである。
Van Morrison, Clare Teal - Carrying A Torch (Audio)
https://www.youtube.com/watch?v=SrbFG1BzUbo
Van Morrison -These are the Days- (feat. Natalie Cole)
https://www.youtube.com/watch?v=cqYmvn2dBh0
Van Morrison -Streets of Arklow- (feat. Mick Hucknall)
https://www.youtube.com/watch?v=pw4v98Wynw8
1曲1曲を聴きながら、
「私はこの人は心の底から好きなんだなあ・・・」
と、しみじみ実感しているところである。初めて彼のライブを観た時に、現存する歌手の中で最高峰、などと日記で書いた記憶があるがその思いは今も変わらない。
多彩なゲストについても詳しく触れなければならないのだが、私の知識で書けるようなことはあまりない(ジョージ・ベンソンという人は初めて名前を知った。私のレベルはその程度である)。ただ、いわゆる「ロック」というジャンルからは距離のある人が大半なのはやはりモリソンらしい。
一番感じたのは、ゲストの力によっていつもの彼のアルバムよりも開放感のようなものが強いということである。ヴァン・モリソンは(その人間性はともかくとして)音楽に排他的なものがあると感じたことは一切ない。しかし、本作を聴いているとやはり商業性や大衆性という要素は薄めな人なのかもしれない、という思いも頭に少しよぎった。マイケル・ブーブレとの共演などすごく典型的で、シングル曲にもなりそうなほどの勢いや明るさがある。そうした空気が本作独自の魅力の一つかもしれない。
私が今回もっとも望んでいるのは、マイケル・ブーブレでもジョス・ストーンでもスティーヴ・ウィンウッドでも構わないのだが、彼らのファンがこれをきっかけに本作そしてモリソンの音楽に触れてもらえたらということだ。
解説を書いている大鷹俊一さんも、
<正直言って、今からヴァンの作品を聴こうとするのはなかなか大変だ。ファンの人にお薦めを聞いて、何枚ものアルバムを挙げられ途方に暮れたなんて人もいえるかもしれない。そうした人にとってもこのアルバムはとてもいい入り口にもなっていると言える。>
と書かれているけれど、それは私も同じ思いである。残念ながら“グロリア”や“ムーンダンス”など代表曲が一切ないのが入門編としては厳しいが、それは「ベスト・オブ・ヴァン・モリソン」(90年)が最も手頃なものになっている。
70歳のじいさんでしょう?と年齢とか衰えを気にする方もいるかもしれない。しかし、それはこの人にとっては全く関係ないことを、実際に聴いてみれば気づくはずだ。好き嫌いはもう仕方ないが、本作を聴けば何がしか感じるものがあると信じている。私は20年程度しかファン歴は無いけれど、ある程度は参考情報にしていただければと思う。
必要なことはとりあえず書いてみた。あとは最後に自分の正直な思いを吐き出して締めたい。
今日まで生きてきて、本当に良かった。これを聴くことができたのだから。
You Tubeで個々の楽曲は聴けるので、全て載せておく。
Van Morrison -Some Peace of Mind- (feat. Bobby Womack)
https://www.youtube.com/watch?v=kQ8rxABCRYM
Van Morrison -Lord, If I Ever Needed Someone- (feat. Mavis Staples)
https://www.youtube.com/watch?v=PHDWn7rY9cA
Van Morrison -Higher Than the World- (feat. George Benson)
https://www.youtube.com/watch?v=9oRONTzpZW8
Van Morrison -Wild Honey- (feat. Joss Stone)
https://www.youtube.com/watch?v=YnMq7QXqnoM
Van Morrison -Whatever Happened to P.J. Proby- (feat. P.J. Proby)
https://www.youtube.com/watch?v=eKfd7i1NIEA
Van Morrison -The Eternal Kansas City- (feat. Gregory Porter)
https://www.youtube.com/watch?v=k5B-VKLUm2Y
Van Morrison -Get on With the Show- (feat. Georgie Fame)
https://www.youtube.com/watch?v=kGPBEEOmCBU
Van Morrison -Rough God Goes Riding- (feat. Shana Morrison)
https://www.youtube.com/watch?v=u6RfxHHz4uY
Van Morrison -Fire in the Belly- (feat. Steve Winwood)
https://www.youtube.com/watch?v=aH9R0KN7y5s
Van Morrison -Born to Sing- (feat. Chris Farlowe)
https://www.youtube.com/watch?v=snQOD_UgqX4
Van Morrison -Irish Heartbeat- (feat. Mark Knopfler)
https://www.youtube.com/watch?v=drUkTkQB70I
Van Morrison -How Can a Poor Boy- (feat. Taj Mahal)
https://www.youtube.com/watch?v=8D9CuksR2iY
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