リチャード・トンプソン「アムニージア」(88年)
2011年6月4日 音楽
(1)Turning Of The Tide
(2)Gypsy Love Songs
(3)Reckless Kind
(4)Jerusalem On The Jukebox
(5)I Still Dream
(6)Don’t Tempt Me
(7)Yankee, Go Home
(8)Can’t Win
(9)Waltzing’s For Dreamers
(10)Pharaoh
「ブリティッシュ・フォーク」とか「ブリティッシュ・トラッド」という音楽ジャンルについて多くの日本人はピンとこないに違いない。代表的なバンドといえばフェアポート・コンヴェンション(Fairport Convention)とペンタングル(Pentangle)が出てくるけれど、その名前すら聞いたこともない人がほとんどだろう。
先日この日記で、先月に来日したのを知らなかったと思ったら震災の影響で中止になっていた、とワーワー騒いでいたリチャード・トンプソン(Richard Thompson)がプロとして出発したのはそのフェアポート・コンヴェンションのギタリストとしてであった。そういうジャンルの人なのでこの国における知名度もかなり寂しいものがある。mixiのコミュニティの参加人数は300人にも達していないし、日本版ウィキペディアにいたっては彼の項目すら存在しないのだ。
私が彼の名前を知ったのは高校生の頃だった。当時(93年代前半)はまだ雑誌などで音楽についての情報を割と熱心に集めていた時期で、「ミュージック・マガジン」あたりで彼の名前を知ったのだと思う。ただ、具体的に彼の何について興味を持ったのかどうかははっきりと覚えていない。フェアポートなど英国のフォーク・ミュージックに関心を持ったのかもしれないし、このころ彼のプロデュースを手掛けていたのが90年代に活躍していたミッチェル•フルーム(シェリル・クロウやロン・セクスミス、Bonnie Pinkなどと仕事をしている)だったことも関係あったような気もする。それはともかく、英国にリチャード・トンプソンという何か凄いミュージシャンでありギタリストがいる、ということが自分の頭の中にいつの間にか刻まれていたのは間違いない。
ただ、高校まで私が住んでいた北海道登別市には、トンプソンやフェアポートのCDなど手に入らなかった(フェアポートは当時、国内盤は廃盤していたと思う)。しかし翌年(95年)に大学受験を失敗し浪人生活のため札幌に来たおかげでトンプソンを始め様々な作品が手軽に手に入るようになる。この「アムニージア」(Amnesia)もその時の1枚で、中古CDショップで880円か980円か、ともかく3桁の値段で置いてあったことをよく覚えている。こういうものを「掘り出し物」というのだろう。
93年に出た3枚組アルバム「ウォッチング・ザ・ダーク ザ・ヒストリー・オブ・リチャード・トンプスン」(これも札幌の古本屋で買った)は名前の通りトンプソンの69年~92年の軌跡をたどった作品であるが、その解説でグリール・マーカス(アメリカの音楽評論家)がトンプソンの音楽についてこのようなことを書いている。
<トンプスンの曲と演奏を時間の経過とたどってみても、発展、成熟、洗練といった感覚は殆どあるいは全くない>
そして「ヴァン・モリスンやニール・ヤングと並ぶ、たぶんトンプスンは数少ない真のポップの似た者同士」とも評していた。ニールやヴァンも大好きな私としては実に嬉しい讃え方である。ちなみにこの3人は私にとっての「3大ソング・ライター」でもある。それはともかく、確かにこの3枚組CDなどでトンプソンの歴史を追ってみても、フェアポート時代から最新作(2010年)まで彼の音楽には一貫したものが流れていることをなんとなく感じられる。
トンプソンが在籍していたフェアポート・コンヴェンションというバンドは、当初ボブ・ディランやレナード・コーエンといったアメリカのミュージシャンをカバーしていたけれど、69年に出した3枚目のアルバム「アンハーフブリッキング」(Unhalfbricking)において大きな転機を迎える。英国の伝承音楽(フォーク・ソング)だった「船乗りの生涯」(A Sailor’s Life)を取り上げたのが大きな評判を呼んだのだ。「フォーク・ロック」という音楽ジャンルはディランが産みの親の一人と言われている。私には未だにこの音楽の定義がさっぱりわからないけれど(そんなことをいったらフォークもロックも同じかな)、しかしフェアポートに関していえば、電子音楽で伝承音楽を演奏するという非常にわかりやすい意味での「フォーク・ロック」という音楽を作ったグループである。
そんなフェアポートにいたトンプソンの音楽は、基本的に英国のフォーク・ミュージックに根ざしたものだといって差し支えないと思う。彼を一つの音楽ジャンルに押し込むには無理な存在であることは重々承知している。たとえば94年に出たトンプソンのトリビュート•アルバム「ビート•ザ・リトリート〜ソングス・バイ・値チャード・トンプソン」に参加したミュージシャンはロス•ロボス、R.E.M、デヴィッド・バーン、ボニー•レイット、ブラインド•ボーイズ•オブ・アラバマ、ダイナソーJRなど実に多彩な顔ぶれとなっている。トンプソンの音楽を「オルタナティブ」と称していた人もいたけれど(本人もインタビューでそう言っていたような)、その一方で彼のどの作品の中にも英国フォークを感じる部分が消えたことはない。
88年に出たこの「アムニージア」は、パッと説明しただけではピンとこないトンプソンの音楽が実に伝わりやすい形に収まった傑作である。この次に出る「フィール・ソー•グッド」(91年)はグラミー書の候補になり商業的成功もおさめた作品であるし、その次の「ミラー•ブルー」(94年)も素晴らしいけれど、個人的にはやはりこのアルバムの方が愛着は強い。どうして自分がこのアルバムが一番好きなのか。その理由を色々と自分で考えてみたけれど、やはり”Waltzing’s For Dreamers”を始め、”Reckless Kind”や”I Still Dream”、など叙情的なメロディーのある楽曲が並んでいるからという気がする。この辺りを聴いてもらえれば、彼が作曲家としても優れているかを感じてもらえるだろう。
アルバムの随所にはアラブとか中近東を連想させるメロディーが飛び出してくる。そんな雑多な音楽性が「オルタナティブ」といわれる所以だが、音楽に詳しくない方でも聴いてもらえば、確かにそんな感じだなと思う音になっている。トンプソンの音楽がいかに幅広いジャンルからできているかもパッと伝わるかと思う。ちなみに彼ははイスラム教の信者で、スーフィズム(イスラム神秘主義)を信奉している。その辺の影響も音楽に出ているのではないだろうか。
ヴォーカルについては独特で音域も狭く、多くの人に好かれるようなものではないろう。私なりに表現すれば、熱にうかされているような、そんなフラフラした印象を受ける声である。もっと露骨にいえば、しょっちゅう聴きたくなるような性質ではない。彼が商業的にあまり成功していないのも、当然といえば当然な気がしてくる。当のトンプソン自身も歌うのはあまり好きではないようだが。
しかしながら繰り返し聴いているうちに、じわじわと伝わってくる凄みのある声ではある。例えば”Can’t Win”(この曲は「塔が崩れ落ち、バッタが大地を襲うだろう」などと、歌詞も不吉なフレーズが満載だ)で垣間見える不気味なほどの迫力に接しているうちに、このミュージシャンがどれほど底知れない才能の人なのか気づくだろう(本当のところ、ライブを観てもらえば一発でわかるのだが)
もしトンプソンの作品でおすすめは?と訊かれたら、このアルバムを真っ先に挙げたい。フランク•ザッパやヴァン・モリソンと同様、「駄作が無い人」と言われるトンプソンに対してあまり下手なことを言うのは躊躇してしまうが、少なくともこのアルバムが一番良いといっても反発は起きないと信じている(日本で数少ないリチャード・トンプソンのファンを邪険にするなんて事は無いですよね?)
日本盤はとっくの昔に廃盤となっているけれど(たぶん88年に出たきり再発はされていない)、現在はiTunesストアで音源を買うことができるようになっている。もし興味があればそこで手にいれてもらえればと願う。
(2)Gypsy Love Songs
(3)Reckless Kind
(4)Jerusalem On The Jukebox
(5)I Still Dream
(6)Don’t Tempt Me
(7)Yankee, Go Home
(8)Can’t Win
(9)Waltzing’s For Dreamers
(10)Pharaoh
「ブリティッシュ・フォーク」とか「ブリティッシュ・トラッド」という音楽ジャンルについて多くの日本人はピンとこないに違いない。代表的なバンドといえばフェアポート・コンヴェンション(Fairport Convention)とペンタングル(Pentangle)が出てくるけれど、その名前すら聞いたこともない人がほとんどだろう。
先日この日記で、先月に来日したのを知らなかったと思ったら震災の影響で中止になっていた、とワーワー騒いでいたリチャード・トンプソン(Richard Thompson)がプロとして出発したのはそのフェアポート・コンヴェンションのギタリストとしてであった。そういうジャンルの人なのでこの国における知名度もかなり寂しいものがある。mixiのコミュニティの参加人数は300人にも達していないし、日本版ウィキペディアにいたっては彼の項目すら存在しないのだ。
私が彼の名前を知ったのは高校生の頃だった。当時(93年代前半)はまだ雑誌などで音楽についての情報を割と熱心に集めていた時期で、「ミュージック・マガジン」あたりで彼の名前を知ったのだと思う。ただ、具体的に彼の何について興味を持ったのかどうかははっきりと覚えていない。フェアポートなど英国のフォーク・ミュージックに関心を持ったのかもしれないし、このころ彼のプロデュースを手掛けていたのが90年代に活躍していたミッチェル•フルーム(シェリル・クロウやロン・セクスミス、Bonnie Pinkなどと仕事をしている)だったことも関係あったような気もする。それはともかく、英国にリチャード・トンプソンという何か凄いミュージシャンでありギタリストがいる、ということが自分の頭の中にいつの間にか刻まれていたのは間違いない。
ただ、高校まで私が住んでいた北海道登別市には、トンプソンやフェアポートのCDなど手に入らなかった(フェアポートは当時、国内盤は廃盤していたと思う)。しかし翌年(95年)に大学受験を失敗し浪人生活のため札幌に来たおかげでトンプソンを始め様々な作品が手軽に手に入るようになる。この「アムニージア」(Amnesia)もその時の1枚で、中古CDショップで880円か980円か、ともかく3桁の値段で置いてあったことをよく覚えている。こういうものを「掘り出し物」というのだろう。
93年に出た3枚組アルバム「ウォッチング・ザ・ダーク ザ・ヒストリー・オブ・リチャード・トンプスン」(これも札幌の古本屋で買った)は名前の通りトンプソンの69年~92年の軌跡をたどった作品であるが、その解説でグリール・マーカス(アメリカの音楽評論家)がトンプソンの音楽についてこのようなことを書いている。
<トンプスンの曲と演奏を時間の経過とたどってみても、発展、成熟、洗練といった感覚は殆どあるいは全くない>
そして「ヴァン・モリスンやニール・ヤングと並ぶ、たぶんトンプスンは数少ない真のポップの似た者同士」とも評していた。ニールやヴァンも大好きな私としては実に嬉しい讃え方である。ちなみにこの3人は私にとっての「3大ソング・ライター」でもある。それはともかく、確かにこの3枚組CDなどでトンプソンの歴史を追ってみても、フェアポート時代から最新作(2010年)まで彼の音楽には一貫したものが流れていることをなんとなく感じられる。
トンプソンが在籍していたフェアポート・コンヴェンションというバンドは、当初ボブ・ディランやレナード・コーエンといったアメリカのミュージシャンをカバーしていたけれど、69年に出した3枚目のアルバム「アンハーフブリッキング」(Unhalfbricking)において大きな転機を迎える。英国の伝承音楽(フォーク・ソング)だった「船乗りの生涯」(A Sailor’s Life)を取り上げたのが大きな評判を呼んだのだ。「フォーク・ロック」という音楽ジャンルはディランが産みの親の一人と言われている。私には未だにこの音楽の定義がさっぱりわからないけれど(そんなことをいったらフォークもロックも同じかな)、しかしフェアポートに関していえば、電子音楽で伝承音楽を演奏するという非常にわかりやすい意味での「フォーク・ロック」という音楽を作ったグループである。
そんなフェアポートにいたトンプソンの音楽は、基本的に英国のフォーク・ミュージックに根ざしたものだといって差し支えないと思う。彼を一つの音楽ジャンルに押し込むには無理な存在であることは重々承知している。たとえば94年に出たトンプソンのトリビュート•アルバム「ビート•ザ・リトリート〜ソングス・バイ・値チャード・トンプソン」に参加したミュージシャンはロス•ロボス、R.E.M、デヴィッド・バーン、ボニー•レイット、ブラインド•ボーイズ•オブ・アラバマ、ダイナソーJRなど実に多彩な顔ぶれとなっている。トンプソンの音楽を「オルタナティブ」と称していた人もいたけれど(本人もインタビューでそう言っていたような)、その一方で彼のどの作品の中にも英国フォークを感じる部分が消えたことはない。
88年に出たこの「アムニージア」は、パッと説明しただけではピンとこないトンプソンの音楽が実に伝わりやすい形に収まった傑作である。この次に出る「フィール・ソー•グッド」(91年)はグラミー書の候補になり商業的成功もおさめた作品であるし、その次の「ミラー•ブルー」(94年)も素晴らしいけれど、個人的にはやはりこのアルバムの方が愛着は強い。どうして自分がこのアルバムが一番好きなのか。その理由を色々と自分で考えてみたけれど、やはり”Waltzing’s For Dreamers”を始め、”Reckless Kind”や”I Still Dream”、など叙情的なメロディーのある楽曲が並んでいるからという気がする。この辺りを聴いてもらえれば、彼が作曲家としても優れているかを感じてもらえるだろう。
アルバムの随所にはアラブとか中近東を連想させるメロディーが飛び出してくる。そんな雑多な音楽性が「オルタナティブ」といわれる所以だが、音楽に詳しくない方でも聴いてもらえば、確かにそんな感じだなと思う音になっている。トンプソンの音楽がいかに幅広いジャンルからできているかもパッと伝わるかと思う。ちなみに彼ははイスラム教の信者で、スーフィズム(イスラム神秘主義)を信奉している。その辺の影響も音楽に出ているのではないだろうか。
ヴォーカルについては独特で音域も狭く、多くの人に好かれるようなものではないろう。私なりに表現すれば、熱にうかされているような、そんなフラフラした印象を受ける声である。もっと露骨にいえば、しょっちゅう聴きたくなるような性質ではない。彼が商業的にあまり成功していないのも、当然といえば当然な気がしてくる。当のトンプソン自身も歌うのはあまり好きではないようだが。
しかしながら繰り返し聴いているうちに、じわじわと伝わってくる凄みのある声ではある。例えば”Can’t Win”(この曲は「塔が崩れ落ち、バッタが大地を襲うだろう」などと、歌詞も不吉なフレーズが満載だ)で垣間見える不気味なほどの迫力に接しているうちに、このミュージシャンがどれほど底知れない才能の人なのか気づくだろう(本当のところ、ライブを観てもらえば一発でわかるのだが)
もしトンプソンの作品でおすすめは?と訊かれたら、このアルバムを真っ先に挙げたい。フランク•ザッパやヴァン・モリソンと同様、「駄作が無い人」と言われるトンプソンに対してあまり下手なことを言うのは躊躇してしまうが、少なくともこのアルバムが一番良いといっても反発は起きないと信じている(日本で数少ないリチャード・トンプソンのファンを邪険にするなんて事は無いですよね?)
日本盤はとっくの昔に廃盤となっているけれど(たぶん88年に出たきり再発はされていない)、現在はiTunesストアで音源を買うことができるようになっている。もし興味があればそこで手にいれてもらえればと願う。